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無色ノ噺
一話

おらはとある家に仕えている。
片目が病で潰れ、仕事のなかったおらに、村一番の金持ち様が仕事を持ち掛けてくれた。

仕事内容は『シノ様のお世話』だ。
ただ、もう二度と帰ることは許されない、と言われた。
それでも良かった。
家のみんながおらのことで陰口叩かれることがなくなるんだから…。



「シノ様、今日からここで働くことになったタツです。よろしくお願いいたします。」



障子越しの挨拶。



「…あの、シノ様?」

「君は健康な人?」

「あ、はい。ですが、おらの右目はないですだ。あ、ないです。」

「いいよ、普通に喋って。…君を待つ人はいる?」

「いねぇです。」

「そう…。タツ、だっけ?障子は開けちゃダメだよ。私の病が移ってしまうから。」

「あ、はい。」



柔らかで穏やかな声に、どんな人かと思ったが、優しそうな人で良かった。
けど病に冒されてるみたいで、可哀相だと思った。

それから、障子越しの生活が始まった。
洗濯物も、食べた後の器も、おらの知らない間に廊下に出されている。
シノ様が必要な物も同じようにしていた。

けど、ある日、運んで行ったままの器があった。
途端に胸騒ぎがして、障子越しに耳を澄ました。



「ぐぅ…う…っつ…!」

「シ、シノ様!?」



思わず障子を開けると、口から真っ赤な血を吐くシノ様がいた。
おらはどうしたらいいのかわからなくて、ただ、シノ様の背を撫でた。
酷く痩せて、骨張った身体。
病のせいだ…。



「タ、ツ…」

「は、はい」

「すぐ、出てって…」

「お、お医者様ですだね?」

「違う!…出ていって。貴方に移し、たくない。…ゴホッ!」



またどぷりと血が出た。

それでも、おらは離れなかった。



「嫌ですだ。こんな状態のシノ様を放っておくなんて、できないですだよ!」

「構うな。」



そういうものの、シノ様の身体は寂しさに震えていた。
それでも、その優しさで人に移さないようにしようと、寂しさを堪えている。

おらは思わず、着物が赤くなるのも気にせずにシノ様に抱き着いた。



「お側にいます。もう独りで堪えなくていいですだ。おらが…おらが側にいるだよ。」

「っ…!だ、ダメだよ。」

「おらは離れないですだ。」



その後、落ち着いてくると、シノ様はぽつりと言った。



「…寂しかった…。」



おらは何も言えずに震える身体を抱きしめた。
すると、シノ様が怖ず怖ずとおらにも手を回してきた。



「…暖かい。……暖かいね。」



―――人の温もりは暖かい。



震えが治まってくると、シノ様が顔を埋めた肩が濡れてきた。



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あきゅろす。
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