無色ノ噺 私と可愛い御主人様 毎朝の習慣…。 「行ってらっしゃいませ、壱魅(イツミ)様。」 「行ってきます、秋江さん。」 私は、そう言って、御主人様の壱魅様を学校へお送りする。 現、神原家の秘密を私がお世話している。 壱魅様は、神原家当主の正式な子ではない。 当主が若気の至りで、強姦した女性が身篭り、産んだ子が壱魅様だ。 そのせいで、精神を患った女性を神原家は全面的にサポートし、壱魅様のサポートも全てしている。 償いと、口止め料のようなものだ…。 世間には隠してあるが、神原家の者ならば誰でも知っている話。 壱魅様は、そのことを知らない。 知る必要もないだろう。 あの方は、ただ母を看病し、優しく暖かに微笑んでいればよいのだ。 悲しみも、苦しみも、知る必要はない。 「さて、洗濯でもしましょうかね?」 私はワイシャツの袖を捲り、家事に取り掛かった。 ―――――――――――――― 一般家庭の家より大きい家の掃除も終わる頃、壱魅様は帰ってくる。 「ただいま〜。」 「お帰りなさいませ。今日はどうでしたか?」 「今日はね、調理実習で…―」 楽しそうに今日の出来事を話している壱魅様。 今年、高校に進学されたが150ほどの背と、華奢な体、平凡なと言われるが、私にとっては愛らしい顔が、幼く見える。 おまけにいつも笑顔で、癒される。 「それでね、お母さんにクッキーをあげてきたんだ。美味しいって言ってくれて良かった!」 「それはようございました。さて壱魅様、手洗い、うがいをされたらリビングにいらしてください。夕食にしましょう。」 「うん!」 部屋へ戻っていく壱魅様を見送り、私は夕食をテーブルに並べ始めた。 夕食は、一緒にいただく。 壱魅様が、寂しくないようにしたかったから。 「あ、秋江さん、これ…」 「え?」 「その、調理実習で作ったクッキーなんだけど…」 差し出された紙の包みを開けると、香ばしい匂いが鼻を擽った。 「秋江さん、の、ために作ったんだ。」 「私の?」 「うん。嫌、かな?」 「まさか。ありがとうございます。」 そう言って、一つ摘んで食べてみた。 優しい甘さが、壱魅様そのもののようで、とても美味しい。 そう伝えれば、壱魅様は嬉しそうに笑った。 [次へ#] [戻る] |