無色ノ噺 最終話 明るい陽射しに、ちょっと温い風。 所謂、春だ。 学校の桜も咲いていて、今日入学してくる子を華やかに迎えている。 「…っちゃん、辰美!」 「うぉあいっ!」 「…何その返事。」 「す、すまん。」 同僚の先生に白い目で見られる。 オレは時計にふと目をやり、そろそろ入学式だな、と思った。 「たっちゃんは今年も?」 「あぁ…。今年もサボり。」 「この不良保健医。」 「何とでも言え。これだけは、オレも譲れない行事だから。」 「『桜を見る約束』だっけ?でも、なんでかわからないんでしょ?やめりゃいいのに…。」 「悪ぃな。」 「今年の入学生ん中に理事長の息子サンがいるんだけど…」 「うっ…。でも、」 「いいよ。行きなよ。言い訳は僕がしとくから。」 「サンキュ。じゃ、行ってくる。」 「はいはーい。」 我が城(保健室)を出て桜の方へ向かった。 だから… 「まったく…。その約束した誰かさんに嫉妬しちゃうよ。」 と、同僚が言ってたとは知らない。 桜は今年も見事だ。 この桜は、入学生を迎えている桜と違って、ひっそりと特別校舎(ホームルームとか、職員室、保健室以外を詰め込んだ校舎)の裏庭に凛と存在する、古い立派な一本桜だ。 毎年、毎年、この桜が満開になる時期に、オレは『誰か』を待つ。 その理由も意味もわからない。 オレですら…。 「誰と約束したんだよ…。」 溜め息を吐き、桜の下に誰もいないことを見ると、オレは踵を返した。 そして、これもいつものことながら、中庭の噴水がある広場に行くと、ベンチで学生が寝ていた。 その途端、心臓が激しく動き出した。 今まで、なかった光景に心臓が跳ねたのではない。 わけのわからない感情に跳ねたのだ。 「…っ!」 なんにせよ、彼を起こさなければ。 暖かいとはいえ、外で寝てたら風をひきかねない。 オレは寝ている学生に近づいて行った。 腹に乗ってる本は彼が読み掛けだった物だろう。 近づくにつれ、彼の顔がとても綺麗なことに気がついた。 体格も細身だが、オレより背が高そうだ。 オレは思わず彼の頬を撫でた。 ぴくりと瞼が震え、優しい色の茶色い目とオレの目が(といっても、オレの目は事故で片方ないが)合った。 心臓が今までないほどに激しく拍動する。 「起き、たか。」 「………。」 むくりと上体を起こす彼から、そっと手を離すと、その手を掴まれた。 ドクン…ドクン… 「あ、あの?」 「あ…すみません。起こしてくれてありがとうございます。入学式は…」 「あ、あぁ…それならもう始まって…」 「えぇ!!」 そう言った途端、生徒は慌てだした。 入学生だったのだろう。 オレは慌てる彼にクスッと笑って提案した。 「なら、お花見しよう。今、丁度満開でさ。どう?」 「え…。じゃあ…そうします。」 「よし、じゃあ行こう。オレは保健医の笹原辰美。君は?」 「…タ、ツ?」 「ん?」 「あ、いえ。僕は――――…」 満開の桜の下。 いつかの約束は果たされ、新しい物語が始まる。 END [*前へ] [戻る] |