無色ノ噺 五話 シノ様が亡くなって、一年後の春。 家に帰らず、シノ様のお父上様が最期まで仕えてくれた礼にと、小さな家を下さり、おらはそこに住んでいた。 小さな庭には、シノ様の寒椿が満開を終え、花を落とし始めている。 「ゴホッゴホッ…」 おらも、シノ様と同じ病に冒されて、病の床に伏している。 おらの場合、お金がないから、お医者様の手にかかることもなかったから、おそらくもう…。 「…シノ様、外は春、ですだよ。…もう、一年経った……。まだ生きなきゃダメですだか?」 声なんて聞こえる訳がない。 おらは、重い体を引きずって床から出ると、熱にふらふらしながらも戸口へ向かった。 「…桜、咲いてる。」 外へ出て、人目のない道を進み森に入り、小さな空き地にたどり着くと、その真ん中に一本だけ桜が咲いていた。 大きな桜の木は、堂々としていて命の力強さを伝えてくる。 「綺麗ですだよ…。シノ様、桜が綺麗ですだ。」 返事などない。 涙が溢れてきた。 “死を分かつとも共に…” その言葉を信じ、いつもシノ様が側にいると、辛い時や、苦しい時に言い聞かせてきた。 でも、 「寂しい…。寂しくて狂いそうですだ…」 声が聞こえない。 姿が見えない。 温もりがない。 それだけで、シノ様がいないことを思い知る。 寂しくて、寂しくて、辛い…。 おらは桜の幹に背中を預け、はらはらと舞う桜の花を見上げた。 「…綺麗。どうせなら、シノ様と見たかっただよ。」 暫くすると、心臓が小さくなって消えていくような、呼吸をしなくても良さそうな、身体の怠さにゆっくりと包まれた。 「…すごく、眠…い……」 目に移っていた桜の花は、今はただ、淡い桃色がわかるだけになった。 優しく包むその色に、おらはシノ様の優しい微笑みを思い出した。 それに凄く温かな幸せを感じて、思わずおらも微笑んだ。 おらはその色に抱かれ、遠ざかる意識の中、シノ様との幸せな日々を思い返した。 『タツ、迎えに来たよ。』 柔らかな優しい声が聞こえた気がした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |