無色ノ噺
待っています
独りあなたを待つ日々。
1年前、あなたは僕の目の前から消えてしまった。
『必ず迎えに来るから。』
その言葉を信じて、僕はこのぼろいアパートであなたが来るのを待ってる。
彼は、僕とは住む世界の違う人間だった。
容姿端麗、眉目秀麗、品行方正…。
そんな四字熟語がぴったりな和風美形。
松崎家は、長い歴史を持つ旧華族だったという。
現在は幅広く手を伸ばし、貿易、開発、教育などに力を入れている。
そこの分家の出である彼は、子会社の社長を任せられていた。
しかし、社長としては年若く、辛い思いをしているようだった。
僕が務めていた社内食堂で、たまたま出会い、いろんな愚痴を聞かせれるようになり、いつの間にかこの人の支えになれれば…、と思っていたら告白された。
すごく嬉しかった。
一生懸命僕ができることをして、少しでも支えようと努力した。
そして、駆け落ちしたんだ。
彼は、家からお見合いをしろと再三言われ、僕のことも隠さずに明かした。
だが、予想通り猛反対され、僕は職を失い、引き離されそうになった。
だから、2人で駆け落ちして、家から逃げ出したんだ。
様々な場所を転々とした。
生活はいつも苦しかったけれど、いつでも彼と一緒だったから幸せだった。
けれど、見つかってしまった。
連れ戻されていく彼は、その頃には慣れない仕事で倒れ、過労死寸前だった。
そしたら、僕が止めるなんてできやしないじゃないか。
連れて行かれる後姿を、涙を流しながら見送ることしかできなかった。
守ることができなかった。
支えられなかった。
悔しくて、不甲斐なくて、どうしようもなくて…。
それでも彼は言ったんだ。
『必ず迎えに来るから。』
その約束だけを胸に、僕は待ち続けている。
もしかすると、もう彼は別の幸せを見つけているのかもしれない。
未練たらしく待っているのは、彼以上に愛せる人がいないから。
家庭も平凡、能力も平凡、容姿も平凡な僕は、傲慢にも彼の隣を望んでいるのだ。
そんなやつ、捨てて当たり前か…。
コンコンコン…
「こんな遅くに…?はい、どちら様ですか?」
チェーンロックは掛けたまま少し扉を開けると…
「迎えに来たよ、華乃。」
「玲二さん!?」
慌てて、ロックを外し、中に迎え入れると、彼…、玲二さんは僕をその大きな腕の中に閉じ込めた。
驚きすぎて、言葉が出て来ない。
頭が真っ白だ。
「迎えに来た。やっと…やっとだ。待たせてすまなかった。」
「あ…」
何かがふつりと切れて、僕の涙腺は崩壊した。
「今度はもう離さない。お前がいないと、俺は生きていられない。華乃なしの人生なんて、意味なんかないんだ。だから、今度こそ一生俺のそばにいてくれないか?」
「…あ、う…うん!」
約束を守ってくれた。
なら、今度こそ僕も玲二さんを支えていこう。
ただ待っているだけじゃ、また同じことを繰り返すかもしれないから勉強したんだ。
僕だって、厳しいとは思うけど彼と釣り合える人間になりたいから。
その後、僕らは世間の風当たりがどんなに強くとも跳ね返す勢いで、自分たちの幸せを守り、築き上げていった。
幸せな家庭。
幸せな生活。
夢見たすべて…。
そして、また目を覚まして思い知る独り待つ日々。
夢でしか叶うことのない約束を胸に、僕はまた朝を迎えた。
その時、聞こえたんだ。
―――コンコンコン…
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