幻想ノ噺
5
〜リクside〜
外へ出ることに多少の怖さはあった。
神として、ここへ入ることを決めたのはオレ自身だった。
それは、単にヒーリィ以外の人に触れられたくなかったから。
自ら、空間の捩じれたここへつながれることを選んだ時、神官の一人は泣いていた。
こんな事になるのなら、いっそ見逃していればよかった、と…。
どういう形でも、彼の願いだけはオレは叶えようがなかった。
「どうした、リク?」
「外出るの、怖い。」
「大丈夫。あの頃とは様変わりした世界だ。」
「そうなのか?」
「記憶とは大違いだ。来いよ。」
一歩、また一歩と洞窟の外へと踏み出していく。
体に纏わりついていた錆びた古い鎖がパキン…パキン…と外れていく感覚がした。
「リク、行こう。」
「…うん!」
最後の一歩を踏み出し、光に包まれたオレは眩しさに目を閉じた。
あぁ、日の光はこんなにも強かったのか。
風はこんなにも優しかったのか。
土はこんなにも暖かかったのか。
そして…
「リク?」
「あぁ、綺麗だ…」
ヒーリィのいる世界はこんなにも鮮やかだったのか。
ぽろぽろと零れ落ちる涙をそのままに、オレは目の前の景色に感動した。
あの頃と変わらない姿のヒーリィは、金髪をなびかせ、深いグリーンの瞳は真っ直ぐだった。
そして、不敵な笑顔ではない、優しい笑顔。
その目が語る、オレへの想いにくすぐったい感じがした。
それでも、色褪せることのない色に嬉しくて仕方なかった。
神殿は、長い年月が経ちすぎて緑に覆われており、かつての栄光の面影はない。
しかし、洞窟前にある祭壇の上には美しい花が供えられていた。
栄光なんて欠片もないが、その光景はひどく優しく思えた。
「お前はまだ信仰されている。」
「え?」
「神官共はいないが、麓の村の人々から信仰されている。少女たちが花を供えるんだ。」
「…そう、なんだ。」
「あぁ。『私たちのために天に還ることをやめた神様が、いつか、この地から解放される時まで寂しくないように。』と…」
「っ!」
空間の捩じれたあの場所では、この世界の音は聞こえない。
それでも、少女たちの声を聞いていた気がする。
温かい陽だまりのような彼女たちを感じていたような…。
「だが、もう必要ないな。俺がいる。」
「うん」
「さぁ、一緒に行こうか?」
「うん!」
世界へ戻ったオレは、ヒーリィの差し出した手を取って歩き出す。
「どこへ行くの?」
「お前となら、どこへでも…」
「っ!じゃ、じゃあ…―――」
オレたちは、生きていく。
今度こそ一緒に。
死が、二人に訪れる時まで。
それまで、オレはまたこの世界を守ろう。
大切な人がいるこの世界を。
そして、眠りに就くときは、あなたの横で…。
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