狂気ノ噺
3
基本昼は動かない。
とても怠いのだ。
グラスにいれた赤を飲み干し、ベッドで丸くなる。
うとうとと眠りの世界をたゆたう。
おれはゆっくり意識を沈めていった。
――――――――――――――
ふと目が覚めると夕暮れ時だった。
空の色がどんどん濃くなり闇色に染まるこの時間が一番好きだった。
グラスに今日の分の蜜を注ぎ、少し味わってから飲み干す。
たしかこの蜜のやつは淑女だったか?
素朴で暖かな優しさを感じる味だ。
その女もすでにいないが、ここでおれの飢えを満たすことで存在している。
蜜は人によって味が違う。
食べてるものが違うから、とかじゃない。
その人の性質による。
例えば、おんなじ物を食べていた夫婦がいたとする。
男は世間一般にいい奴だが、女は悪女だ。
その時、男の味はまぁまぁいいが、女はまずいのだ。
どぶのような味がする。
だからだいたい本物のどぶへ捨ててあげる。
体ごと…。
人は一人として同じ奴はいない。
したがって味も違う。
「だからやめられない…」
自分の舌先が、もっともっと、と蜜をねだるのがわかる。
あの至福をもっと…、と。
あれ?
なんか、蜜の匂いが濃くな…
「ヒロッ!!」
鼻腔を擽る甘い香は、焦がれてやまないヒロのものだ。
たしかこの時間は、おれ以外ハウスにいない。
皆、一足先に狩りに出掛けるから。
急いで部屋を出て、ヒロ部屋へ行く。
ご丁寧に鍵が掛かってたんで蹴り開けると、すぐ横の洗面所から濃い血の匂いがした。
嗚呼…くらくらする。
誘惑に勝てるだろうか?
ドアを開け、風呂場に踏み込めば、ざぁざぁと流れるぬるま湯をはった洗面器を赤く濁したヒロが倒れていた。
嗚呼…蜜が流れてる。
甘そう、美味しそう…。
ゴクリ…
唾を飲む音がやけに大きく響く。
「死に…た、ぃ…」
ヒロの唇から紡がれる言葉。
はっとして、蛇口を閉め、濡れて冷たくなった体を抱き上げる。
うっすら目を開けるヒロはとても綺麗だ。
ただ死にそうなのは困る。
「ヒロ…」
「止め、な…で」
それでもおれは淡々と切れた手首を止血する。
こんなとき感じるたしかなおれの理性。
理性なんてあったんだ。
本能に逆らって止血するのに、おれの理性はぎりぎりのとこだったが、ドールが帰ってきたので、後は任せた。
じゃないと、流れ出る禁断の蜜に手を出してしまいそうだったから。
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