創作小説 陰と陽妖 11 家族の境目はどこにあるのだろう。 血の繋がりや戸籍の何が大切なのだろう。 『本当の』なんて言うのなら、ここに存在する俺達だって『本当』じゃないか。 啓兎は仕事部屋で妖術師達の割り振りを考えていた。 陽妖の一番大きな拠点は桜城だが、他にも各地方に屋敷を構えている。 この前の吉原での闘いで、桜城に勤務する妖術師の多くが負傷したため、人事異動をする必要があった。 すでに書類に取りかかり始めて丸一週間以上経つが、なかなか終わらない。 八日目の夕方、やっとの事で書類を終わらせたときは脱力で背中から倒れ込んでしまった。 勢いをつけすぎて背骨が悲鳴を上げるが気にしない。 存分に脱力感を味わうと、ゆっくり立ち上がって背伸びをする。 軽いストレッチで体をほぐすと、すぐに努力と徹夜の結晶を持って妖術師の各班長に渡しに行く。 広い桜城で班長達を探すのは骨が折れるため、一人一人の寝室に書類を置いていく。 最後の部屋を出たとき、丁度二つ先の部屋から出て来る颯希を見つけた。 「颯希。」 呼び掛けると、振り向いて俺の顔を見た途端、呆れた声を上げる。 「啓兎…あんた徹夜明けか?」 あはは、と笑うと、颯希は俺が立っている隣の部屋を見て合点がいったような顔をした。 その部屋はたった今俺が出て来た班長格の青年の部屋。 「吉原の後処理の書類でも作ってんだろ?」 颯希はこちらに歩み寄りながら、自信と確信と少しの不安を持った瞳で啓兎の目を見る。 俺は素直に頷く。 「人事異動の書類。今回はかなりの人数の妖術師が打撃を喰らったからね。結構大きく動かしたよ。あ、でもあまり怪我をしなかった颯希は異動なんてしてないから、安心して良いよ。」 怪我での異動の時は必ず陰が出にくい平和な地域に飛ばされる。 それを喜ぶ者もいれば、「左遷だ」と嘆く者もいる。 怪我が完治し、闘えるようになればすぐに激戦区に戻されるため、大半の妖術師はちょっとした休養のつもりでその異動を素直に喜ぶ。 しかし、颯希は後者だった。 最前線へ行きやすい桜城所属からは離れたくないと思っている。 何故なら、彼の目的は陰を少しでも多く倒すことだからだ。 それは、彼と共に闘えばすぐに分かる。 闘いを求めているとか、殺されたいだとか、そんな狂乱者の様な考えではなく、ただ純粋に一匹でも多くの陰が倒される事を望んでいる。 でも俺はその理由を何一つ知らない。 知らないけれど、颯希に絶大の信頼を置いている。 小さくても良いから、何かしら支えになりたいと思っている。 だからこそ、颯希をいつでも目の届くこの桜城に置いていた。 そんな俺の思惑を知らない颯希は少し安心した様子で一言「そうか」と言う。 そんな颯希に対し、柔らかい笑みを浮かべる。 胸の奥に親心に似た温かい感情を感じる。 「腕の調子はどう?傷は塞がってきた?」 尋ねると颯希は包帯を巻いた方の腕を軽く振ってみせる。 「おかげさま。もう痛くも痒くもねぇよ。」 まあ包帯は外せねえけど、と最後に付け加える。 妖術師は普通より多少治癒能力が高い。 体の中のエネルギーが一般人よりも高いからだろう。 だからって痛いものは痛いし、死ぬときは死ぬのだが。 「まあ包帯外れるまではお大事にね。」 そう言ってから、ふとあることを思い出す。 「そう言えば…颯希の従えてる蛇の中に回復術使える子いなかったっけ?」 蛇遣いの颯希は今現在八匹の蛇を従えてる。 その中に、守護専門の蛇がいた気がしたのだが、と思い、聞いてみる。 すると颯希は首を振ってため息を吐いた。 「『弥都波(みつは)』か…。アイツは一応俺の元にいるが…全く言うことを聞かねえんだよ。」 認められてねえのかな、と言いながら首を掻く。 妖術師の使う妖は陰と対極にある存在で、色々な種類がある。 その多くが生物の形で、異界に棲んでいると言われている。 妖術師はその妖を呪術等で呼び出し、屈服させることで彼らの力の一部を札として与えられる。 何かしらの伝承に残るような有名な妖は大体階級が高く能力も多い。 そして、普通の妖は屈服させれば妖術師の力を認め、協力してくれるのに対し、階級が高い妖は個性が強く、懐いてくれるまでなかなか力を貸してくれない事がある。 颯希は優秀な妖術師で、所有する妖の階級も高い。 その颯希が手こずるとは、そんなに気難しい子なのか、もしくは他に理由があるのか。 まあ何にしろ、珍しいこともあるものだ。 気付かれない程度に小さく笑う。 「まあ彼女もその内懐いてくれるよ」 励ますように言うと、そうだな、と颯希も肯いた。 突然、遠くから足音が響いてくる。 誰か確かめなくてもすぐに分かった。 「啓兎!颯希!」 晃が物凄い勢いで走り寄ってきた。 その腕にも頭にも包帯は巻かれていない。 「…てめえ…怪我どこいった…」 驚きとも呆れともつかない声で颯希が呟く。 「ん?治った!」 元気よく言う晃の体には傷跡さえ見当たらなかった。 その回復力に唖然とする。 妖術師の回復力には個人差がある。 しかしこんな早い回復はめったに聞かない。 余程回復向きの妖力なのか、天性の回復力が凄いのか。 まあいつも突っ込んでいく晃にぴったりといえばぴったりだ。 「さすが体力バカ…」 かろうじて颯希がそれだけ呟いた。 颯希の言葉を欠片も気にせず晃は笑う。 「あ、そうそう」 晃が思い出したように顔を上げる。 「颯希と啓兎、さっき遠目に親子みたいだったぞ!」 その言葉に思わず吹き出す。 小柄と言うほどではないにしろ、決して大柄でもない颯希に対し、啓兎は結構長身な方だ。 確かに遠くからなら見えなくもないかもしれない。 しかし、その言葉に颯希は目を見開く。 「俺はもう17だぞ!!」 颯希は大声で反論するが、身長差は否めない。 口論したとしても颯希に勝ち目はなかった。 俺は笑いながら晃の肩に手を置いた。 晃がこちらに視線を移動する。 颯希も不機嫌そうな目でこちらを向く。 「晃、そこは三兄弟にしとこうよ。俺が長男、晃が次男。」 「おい!!」 晃が何か言う前に颯希が目をつり上げて噛み付く。 「でも身長順にいくとそうなるだろう?」 悔しそうに押し黙る颯希のその様子に徹夜の疲れも忘れて大笑いした。 家族ではないけれど、それと同じように愛おしい部下たち。 つかの間の日常が流れていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |