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創作小説
陰と陽妖 10
まるで俺達はメビウスの輪の上を歩いているかの様。

相手を探して歩いても見つからない。
相手から逃げても逃げられない。
自分が追っているのか、逃げているのか、それすらも分からない。
メビウスの輪で必死に足掻いているつもりなのに、その行為はただ表と裏を行き来しているだけ。
輪の起点はどこなのか、終点はどこなのか、どうしてこうなったのか、どうすれば終わるのか、考えても考えても分からない。
ただただ俺達は追って逃げて追っている。


俺は晃に引きずられ、今最も逢いたくない人のいる場所まで連れて来られていた。
晃の性格を考え、途中から諦めてついていく事にする。
そもそもあの娘がいるのは第二医療室だったはずだ。
第一医療室に向かったところで、意味はない。
そう思ったが、それはやはり甘い考えだった。
あの娘は俺が逢いたくないときに必ずいるのだ。
晃が勢い良く医療室の襖を開けると、そこには千夏と冬華が座っていた。
丁度二人は休憩時間らしく、お茶を飲んでいる。
千夏は俺の顔を見て少し眉をひそめた。
一方冬華は驚いたのか目を見開いて固まっている。
元々第一医療室はちょっとした保健室のような存在のため、妖術師や遊女の世話に追われる他の医療室と違って中は落ち着いていた。
晃は冬華の近くまで寄ると、包帯の巻かれた自分腕を突き出す。
「トウカ!痛いから治療!俺と颯希両方!」
冬華は俺の顔を少し見てから弱気に頷いた。

さすがに二人いっぺんには治療出来ないため、冬華が晃の、千夏が俺の治療をする。
千夏は俺の腕の傷口を見て唸った。
「どうしてこんなになるまで放って置いたの!?全く…細菌が入って破傷風になったらどうするつもりだったわけ!?」
そのままブツブツと文句を言いながら薬を塗る。
予想以上にしみる傷薬に顔をしかめて舌打ちをする。
隣では晃も晃で怒られていた。
「修行も良いけど傷が治ってからにしないと…治りが遅くなるだけなんだから」
冬華は痛がる晃をたしなめながら薬を塗る。
「痛い痛い!トウカもっと優しく!」
涙目になりながら喚く晃を見て、誰にも分からない程度に鼻で笑ってやった。
その時、ドタドタと慌てた足音が響いてくる。
開けっ放しだった襖から、焦った様子の一人の医療班員が入ってきた。
「班長!第三医療室が手が足りなくて…すぐ来て欲しいんですが!」
千夏はそれに頷き立ち上がる。
「冬華ちゃん」
千夏は急いで医療道具の準備をしながら冬華の方を向く。
「そこのお馬鹿二人はあなたに任せるわね。」
その面持ちは、少し心配そうだったが、千夏はそれ以上は言わずに医療室を出て行った。
一瞬沈黙が訪れる。
「トウカ、包帯!」
晃が近くにあった包帯を掴んで冬華に渡す。
我に返った冬華はそれを受け取って晃の頭と腕に巻いていく。
手早く慣れた様子で包帯を巻く様子には、まだ医療班に入って1ヶ月半の新人とは思えなかった。
その姿が、まるで自分の知らない人間の様で、何とも言えない気持ちになる。
長い年月が、自分だけではなく冬華をも変えていることを自覚する。
冬華の様子を見つめる俺の視線を催促と勘違いしたのか、晃の包帯を巻き終わると大慌てで俺の腕に包帯を巻き始める。
六年ぶりに触れる冬華の手はじんわりと暖かい。
ものの数分で作業を終えると、冬華は棚の方へ行き、痛み止めや化膿止めの薬を探した。
しかし、まだ勝手が分からずなかなか薬を見つけられない。
その様子を見ると、すぐに晃は立ち上がって手伝いに行った。
俺は晃と冬華の笑顔を座りながら眺める。
出会ってまだそう経ってはいないはずなのに、二人は親友のように喋っていた。
その光景にチクリと何か違和感を感じる。

「お前ら仲良いんだな」

思わず口から言葉が零れた。
音にしてからすぐ、自分の発言に気付いて馬鹿な事を言ったと後悔した。
二人は突然の俺の発言に目をしばたかせている。
すると晃が何かに気付いたように声を上げた。
「颯希仲間に入りたいのか!!」
違うと否定しようとするが、晃が飛びかかって来たため、それどころではなかった。
かろうじて晃の突撃は避けたものの、追撃はそうは行かなかった。
突撃を無理に避けた事でバランスを崩していた俺の背中に晃がのしかかる。
「何しやがる!止めろ!」
声を張り上げるが晃は全くお構いなしに俺の上で笑う。
その様子を見て、さっきまで少し緊張していた冬華も吹き出した。
しかし笑いながらもまた傷口が開くことを心配して晃をたしなめる。
「また傷薬塗ることになるよ?」

晃は「あっ!」と叫んで動きを止めるのと、再び襖が開くのは同時だった。

三人が振り向くと、そこには二十代位の男が二人立っていた。
二人共颯希や晃と同じ様な格好をしているため、恐らく妖術師だろうことは分かる。
片方は脚を骨折していて、もう一人に支えられながら立っている。
二人は、颯希の顔を見るとあからさまに嫌そうな顔をした。
「鎮痛剤が切れたから補充してくれ。」
骨折している方は短く用件を伝え私の方に薬瓶を出すと、もう一人に手伝って貰い、襖の近くに腰掛ける。
颯希は晃が退くのを待たずに無理矢理起き上がりながら仏頂面をした。
急に颯希が起き上がったため、晃は短く声を上げながら背から滑り落ちる。
「珍しい事もあるもんだな。」
妙に静かな口調で怪我をしていない方の男が話しかてくる。
「じゃれ合って遊ぶなんて、生意気ぶっててやっぱりまだまだガキなのか?」
そう言いながら隣に座る男と馬鹿にしたように笑い合う。
颯希は二人を睨みこそすれ何も言わなかった。
こういう馬鹿は相手にするだけ無駄。
口には出さずとも、そう言っているように見える。
その態度が気に食わないのか、骨折をした方の男は舌打ちをする。
「目上の人間に対する態度くらい身に付けとけよ。」

部屋全体に嫌な空気が立ち込める。
一触即発とはこのことだ。
やはり颯希は何も言わない。
私は少し緊張しながら薬瓶を男の元に持っていった。
苛々とした表情で男は受け取ると、二人は立ち上がって襖に向かった。
しかし、付き添いの男が首だけで振り向く。

「よく覚えとけ。てめえみてえな奴はすぐに仲間に裏切られて死ぬんだよ」

そう言い捨てると、襖を力の限り叩き閉めて出て行った。
私は、頭の端で最初の日の啓兎の忠告を思い出した。
気が荒い人が多いと言われていたし、颯希はあまり周りに好かれていない事も話では知っていたが、実際に目の当たりにすると言葉も出ない。
晃も、先程まで笑っていたのが嘘のように怖い目をしていた。
しかし私の視線に気付いたのか、すぐに笑いかけてくれる。
でも、その『いつもの事だ』と言うような笑顔がどこか痛く見えた。


俺は痛み止めと化膿止めを受け取ると静かに礼を言った。
再会してから初めての肯定的な態度に冬華は逆にどこかぎこちなさそうだった。
それでも昔と変わらぬ表情を、仕草を、笑顔を見せる冬華に、不覚にもゆったりと広がる安心感を感じてしまう。
そして、その安心感に対し懐かしさと愛おしさも同時に感じる。
間近に来なければ、思い出さなかっただろう。
今回ばかりは晃に感謝しよう。
冬華から幾つもの薬を渡されている晃を横目で見ながら心の中で思う。

おかげで自分の気持ちがはっきりとした。
自分の行動の意味も、これからすべき事も、よく分かった。
俺は多分この安心感が、冬華が好きだ。
今思い浮かぶ何よりも大切だ。

だからこそ…
俺はこれ以上冬華に近付くべきではないと思った。



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