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創作小説
陰と陽妖 9
もしも人の心を覗けたなら
俺は悩まずに済んだのだろうか


部屋の隅に寄りかかり、深く溜め息を吐く。
心と頭の中は渦潮のただ中だった。
分からない事が多すぎて思考回路が追い付いて来ない。
色々考えようとするものの、脳が鉛の様に重く、頭は回らない。
渦の中に入ってしばらくしてからやっと気付いた。
自分がどうしようもないほどに、混乱していることに。
しかし、混乱するのも当然だ。
ほんの少し冷静になり、俺は心を一つ一つ整理しようと努める。
何故あの娘に吉原の遊女の知り合いがいる?
しかも何故遊女を『姐さん』などと呼ぶ?
女であるあの娘が、顧客のはずはない。
なら働いていたとでも?
そんな馬鹿な。
そんな事をする理由があの娘のどこにある。
しかしそこまで考えてまた新しい疑問が浮かび上がる。
そもそも何故こんな所であの娘は働いている?
ここは世間知らずの娘がいるような場所ではない。
命の保証がないのだ。
それくらい、一度任務に出れば分かる。
何故向いてないと気付かない?
どうしてさっさと仕事を辞めない?
『どうして』『何故』と一人では答えが出ない疑問ばかり頭の中を巡っては消える。
そんな中無意識に、誰に言うでもなく、ぽつりと言葉が零れ落ちた。

「さっさとこんな仕事、辞めりゃ良いんだ」

自分で言いながら、自分でその言葉にハッとする。
一瞬、心にかかっていた訳の分からない靄が晴れた気がした。

俺は、あの娘にこの仕事を辞めてほしいのか?

でも何故?
嫌いだから?
違う。
嫌いになる理由はない。
じゃあ何故嫌われるような言動を繰り返した?
何故、『昔のように』共に笑える仲になろうとしなかった?
どうして最初に再会したとき、俺は冬華を突き放したんだ?

疑問が自分の事に切り替わっても、先ほどと同じ、何も答えは出なかった。
俺は自分の事ですら、何一つ理解出来なかった。
頭に再び靄がかかる。
疑問に対し答えが出ず、『心』が現実に追い付けない。
その時急に、勢い良く襖が開かれた。

「颯希!」

突然の大声で、思考の渦から引き上げられる。
顔を上げると、晃が部屋に入ってくるのが見えた。
「なんだよ。」
ぶっきらぼうに言うと、すぐそばまで寄ってきた晃が明るく笑った。
「鍛錬!一緒にやろう!」
自分の性格が、口の悪さが、戦い方が、周りから人を遠ざけているのは知っている。
なのにコイツと啓兎は何故何かと自分に関わるのか。
何故コイツはわざわざ部屋に来てまで俺を誘ってくるのか。
再び疑問が浮かんでくるが、晃は俺にそれを考えさせる時間を与えなかった。
俺の手首をひっつかみ、無理矢理立たせるとそのまま外に連れ出す。
「行こう!颯希!」
面倒なこと全て吹き飛ばすかのように、晃は俺を引っ張っていった。

桜城の庭、本来敵に攻められたときに砲台で返り討ちにするために使用する場所。
そこで俺達は妖術の手合わせをする。
「八姫の蛇、刀の刃に宿り妖を喰らえ」
俺は刀に蛇を宿らせ構える。
「三尾の獣!旋風起こせ、鎌鼬!」
晃が三枚の札をかざして叫ぶと、三つの尾を持つ一体の鼬が現れる。
「鎖鎌!」
晃はこちらの方へ走りながら命じる。
すぐさま鎌鼬は鎖の両端に鎌のついた鎖鎌の形になり、晃の手に収まる。
蛇と獣を手中に従え刃を交える。
接近型の刀と近中距離型の鎖鎌ではどうにも分が悪い。
数回の斬り合いの後、そう感じた俺は晃から大きく離れた。
後ろに下がりながら刀を仕舞い、反対の腕で懐から札を出す。
「二姫の蛇、鉄壁の鱗、布へ宿りて妖を裂け」
そう詠唱すると、札が大きな布となる。
吉原で冬華を護った大蛇の布。その布に触れた地が裂かれる。
時には鉄壁、時には刃。
その布を使い、晃の鎖鎌の攻撃をかわす。
「凄いな、颯希!」
その様子を見て晃は楽しげに笑う。
「でも俺も凄いぞ!」
そう言うと晃は鎖鎌を引き戻す。
「疾風!」
鎖鎌は姿を消し、風の音のみがその場に残る。
晃が踊るように手を振りあげる。
風がそれに連動して俺と俺の大蛇を襲う。
晃から一瞬も目を離さず、それをかわして攻めよる。
しかし、相手は風だ。
かわし、回り込み、どんなに素早く対応しても、すぐに追撃が襲ってくる。
そのせいでなかなか晃に近付けない。
「やっぱり修行楽しい!」
晃が子供のように笑って叫ぶ。
「そりゃ良かったな」
風を裂き、道を作りながら言うと、晃は大声で応えた。
そのままお互い全力で闘い合う。
全力で、でも『試合』として。

気付けば日は傾き、空が赤く染まっていた。
二人共全力を尽くし、体力を使い果たしていた。
「この体力馬鹿…怪我してんじゃなかったのかよ」
地面に寝転ぶ晃の頭や腕の包帯を見て思わず呟く。
晃は包帯の上から傷に触れる。
「忘れてた!けど痛い!」
顔をしかめて晃は叫ぶ。
どうやら傷が開いたらしい。
呆れて言葉も出ない。
「颯希は?」
俺の腕の傷を指差して晃は聞き返す。
「おかげさまで痺れて痛えよ」
自分にも呆れながら答える。
結局馬鹿ばっかしだ。
晃は歯を見せて笑いながら起き上がった。
「じゃ、トウカの所行こう!」
そう晃が言った瞬間、俺は顔がひきつるのを感じた。
晃はそれに気付いたのか、俺の名を呼ぶ。
「……行くならてめえ一人で行ってこい」
低い声が俺の喉を震わせた。自然と眉間にしわが寄る。
晃は首を傾げ、何故かと問い掛ける。
しかしそれには答えてやらず、俺は早々に自室に戻ろうとした。
「颯希変だ!」
そう叫びながら、俺の首根っこを引っ張って引き倒した。
予想外の出来事に、不覚にも俺は一瞬呆ける。
しかしすぐに我に返り、晃に噛み付いた。
「何しやがる!」
だが晃は憮然とし、反省の色など欠片も見せない。
「颯希どうしてトウカを避ける!?最初の時も!食事の時も!」
晃は少し怒っているようだった。
痛いところを突かれてつい黙り込む。
「いつもの颯希は違う!避けられたって避けたりしない!なのに自分から来てくれるトウカを避けるの変!」
晃はそこまで言うと、俺の腕を引き、無理矢理体を起こさせる。
よろけて倒れそうになるが、自らの運動神経でなんとかバランスを保つ。
しかし、根本的な力では晃の方が勝っていた。
晃は問答無用で俺の事を冬華の勤める第一医療室まで引きずっていった。



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