[携帯モード] [URL送信]

創作小説
陰と陽妖 8
煌びやかな店も、豪華な衣装も、華を飾り、棘を隠すただの装飾品。
本当の華は、そんな物がなくても美しく凛と輝く。


吉原に暮らしていた遊女達の生き残りは、行き場を失い、一時的に桜城で保護されていた。
私は、吉原から帰ってからは遊女達の医療を担当する事になった。

第二医療室へ行くと、沢山の遊女達が布団に寝かされていた。
寝かされて、と言っても、多くの遊女は雑談や言葉遊びをして暇をつぶしている。
私はその布団の群を抜けて奥の部屋へ入る。
私の担当は包帯の取り替えと洗濯だった。
奥から包帯を何本か取り出すと、遊女達の部屋へ戻っていく。
普段四つある医療室のうち、第一医療室の班に所属している私は知らなかったが、彼女達が保護されたのは陰との戦いが始まってから二週間経った頃だったらしい。
そのため軽傷者はすでに桜城を出て、吉原が回復するまで別の遊郭や街娼館へ移動したらしい。
つまり今残っている人達は、まだ怪我が完治せず、ここから移動出来ない者達ということだ。
その中の一部の遊女は、売り物である体が傷付き、明日から生き抜く方法を見いだせず、ただ気力なく横たわっていた。

私は、昨日晃にしてもらった事を思い出す。
『大丈夫』
この言葉がどれほど私に勇気をくれたことか。

それを少しでも分けられれば良い、と私は一人一人の包帯を巻き変えながら、小さく『大丈夫』だと囁いた。
しかし遊女の中には、怪我の場所が悪く、怪我が治っても自分では起き上がれない者もいる。
顔を火傷し、痕が残ってしまっている者もいる。
私は、この国で生きるのがどれだけ大変か分かっているつもりだ。
だから、大丈夫と呟きながら、どこかその言葉に自信を持てない自分がいた。
そんな私の心を見抜いたのか、一人の遊女が叫び声を上げた。
「『大丈夫』ですって!?何が大丈夫よ!私の唯一出来た商いがもう出来なくなったのよ!?これ以外に何も出来なかったのに!勝手に根拠ない事言わないでよ!!」
叫びながら、大粒の涙を零し、治療する私の手を無理矢理振りほどく。
そのまま泣き崩れる彼女に、私はどうすることも出来なかった。
突然の出来事に周りの遊女達もざわめく。
その場の視線を私は一身に浴びた。
その時

「…おゆき?」

少し離れた場所から、不意に懐かしい声と呼び名が聞こえた。


俺は、自室で腕の包帯を巻き変えていた。
包帯を外すと、酷く化膿した怪我がさらけ出された。
もともとは大した事のない怪我だったのだが、長いこと吉原の激戦区で戦闘をしていたために清潔な湯も包帯もなく、大して治療と呼べるほどのこともせずいるうちに、膿んで酷くなってしまった。
棚に置いてある化膿止めの薬壺に手を伸ばす。
蓋を開け、中を見ると化膿止めはもうほとんど残っていなかった。
これ以上怪我を放置するわけにもいかず、仕方なく自室を出て医療室へ向かう。
俺の部屋から一番近い第一医療室へ足を向けようとしたが、そこは冬華が所属していたことをすぐ思い出す。
頭がまだ整理されていないのに、アレに逢うのは面倒な事になりそうだと思い、仕方なく、第二医療室へ向かうことにした。

何故あの娘を意識し、避けなければならないのかと思いながらも、その理由すら浮かばず、ただ苛立ちを感じていた。
自分を動かす『心』が全く見えなかった。

第二医療室に着いて、中へ入ろうとすると、中から叫び声が聞こえてきた。
襖を薄く開け、中の様子を垣間見る。
中を覗くと、襖のすぐそばで泣いている一人の遊女と、その手前に座り、遊女の治療をする医療班員が見えた。
叫び声を上げたのはどうやらあの遊女らしい。
ややあって、遊女が医療班員の腕を振り払った。その拍子に医療班員の顔が見える。
それは冬華の顔だった。

即座に失敗したと思った。
どうして逢いたくないときにばかりアレに逢うのだろう。
そう思いながら別の医療室へ行こうとしたとき、冬華のかすれた声が耳に入ってきた。
「おさえ姐さん…?」
この距離でやっと聞こえるかのか細い声。
しかし、問題は声量じゃなく、内容だった。
遊女の姐さん?
聞き間違いじゃないかと思いつつ、襖の前に座り込み、耳を澄ませる。


「おゆき…また会えるなんて…嗚呼…なんて運命でありんしょう…」
おさえと呼ばれた遊女はそう呟いて泣き崩れる。
医療班を含めた周りはその様子が飲み込めず唖然としている。
先ほど叫び声を上げた遊女も、泣くのを止めておさえに視線を送る。
「…太夫…知り合い…ですか…?」
おさえの近くにいた遊女が尋ねると、おさえは泣きながら首を縦に振った。

私は、不意に2、3年ほど昔に戻ったような気がした。
瞼の裏に鮮明に蘇るあの頃の記憶。
『おゆき』と言う旅芸人の少女と私の2年と2ヶ月の短い記憶。

「いいえ」
しかし私は、おさえの小さな呟きに現実に引き戻される。
「すいやせん。わちしの勘違いでありんす。」
そう言っておさえは首を振った。
涙はもう止まっている。
辛そうな瞳には何かの強い意志が宿る。
「おゆきは遠い昔に死にやした。あの子がわちしの前に現れる事は二度とありんせん…。」
人違いで大変お騒がせしやした、とお辞儀すると、おさえは布団へ潜った。
その様子に周りの遊女は意を得たようで、何事も無かったかのように雑談や暇つぶしを再開した。

颯希はその場をそっと離れる。
口の中に苦い味が広がった気がした。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!