[携帯モード] [URL送信]

創作小説
陰と陽妖 5
彼はどうして変わったのか?
それを求めるのは滑稽かもしれない。
私はどうして変わったのか?
それを知るのは私以外に存在しない。
貴方はどうして変わったのか?
ならば逆に、変わらぬ人間など存在するのか?
君はどうして変わったのだろう。
それを知っているのは今は君だけ。


陰はしばらく硬直状態だった。
しかし油断しては命を取られる。
私も他の先輩も、集中を途切れさせる事はなかった。
何しろ相手は体の大きさの差云々の前に、人知を超え暴走している存在だ。
パチパチとテントが燃える音がする。
次の瞬間、ああならないために、私はじっと陰を見据えた。
決して陰の動きや反応を見過ごさまいとした。

刹那

陰の姿が一瞬揺らいだと思うと、弱い衝撃が飛んできた。
嫌な予感がして瞬時に横に跳ぶ。
それと同時に私が立っていた場所が弾けた。
千夏の私の名前を叫ぶ声が聞こえた。

忘れていた。
『陰』とは魂と体に見合わないエネルギーを放出する現象だった。
陰が『暴走』しているからといって、それが近距離攻撃に限ったことではない。
エネルギーを放出できればどんな形でも構わないのだ。

私はじっとしているのは危険だと判断し、走り出した。
他のみんなも同じ判断をしたようで、周りは騒然とする。
遠距離攻撃だからと言って、近距離攻撃が有利とは限らない。
相手は3メートルもある巨体を有している。
私はとにかく衝撃波を警戒しながら頭をフル回転させて考えた。
足止めだけで良い。
あれを倒すのではなく、時間さえ稼げれば良い。
その事だけに集中すれば、勝機はあるはずだ。
私はそう思い、走りながら陰を観察した。
衝撃波は陰を見ていれば避けられる。
陰が揺れ緩い空気の波を感じたら、すぐさまその場から離れればいい。
しかし、それは今の距離を保っているから出来ることだ。
近付けばその分攻撃速度は上がる。
素人でも分かることだ。
だが、このまま一方的に攻撃を受けていては、体力に限界のあるこちら側がいずれやられてしまう。
それでなくても先程までみんな働いていたのだ。
限界は近い。
一刻も早くなんとかしなければならないのに、何も考えは浮かばなかった。
酸素が足りなくて頭が麻痺したような気さえする。
先輩達も良い案が浮かばないのか逃げ回っているだけだった。

私が今まで生きるだけの人生を送っている間、颯希は和国の為にこんな奴と戦っているのか、と少し悲しくなった。
しかし悲しんでいる暇はない。

立ち尽くすだけだった陰がとうとう移動を始めてしまった。
このままでは陰は怪我人のいる救護場所を巻き込んでエネルギーを放出してしまうかもしれない。
どうにかして、陰の気をこちらに引かなくては。
私は周りが騒然とする中、陰の死角と思われる場所に回り込んで棒を強く握り締めた。
「はあぁぁあぁあ!」
叫びながら思いっ切り力の限りに背中に一発叩き込んでやる。
そして反撃を警戒してバランスを崩しつつ飛び退いた。
いくら札を巻いているとは言え、私の与えたダメージは陰を怯ませるほどの力はなかった。
その上陰は、歩みを止めることをしない。

陰には心は存在しなかった。

ただ、溢れるエネルギーを出しては休み、また出しているだけ。

私は『現象』と言った啓兎の言葉をようやく理解した。
だったら止めるには正面からしかない。
千夏を含めた先輩達が、正面から陰を迎え撃とうと並ぶのが見えた。
しかし、その時、急に陰が揺らいだ。
衝撃波だ、と思ったが、いつもより揺らぎが大きい気がする。
次の瞬間、陰の攻撃に素早く反応していたはずの先輩達が吹っ飛んだ。
私は愕然とする。
衝撃波をまともに受けた地面が抉れてしまっていた。
慌てて先輩達が飛んでいった場所へ駆け寄る。
幸い、先輩達はとっさに避けようとその場から離れていたため、誰一人致命傷は負っていなかった。
しかし頭などから血が流れているため、これ以上戦おうとすれば失血死してしまう。
戦うことが出来るのは、私一人になってしまった。
私は陰の方を向いた。
陰はゆっくりゆっくりこちらへ向かって歩いてくる。
「逃げなさい。」
千夏が呻きながら言うのが聞こえた。
私は、頭の中が闇に沈んだ気分だった。
『私だけ』という事実が孤独と責任感を生み、私の思考を鈍らせる。
一方で、どうして?なんで?と子供のように喚きたくなる衝動を抑える。
狂い叫びそうになるのを必死に我慢する。
冷静に、冷静に、心の中でそれだけを呟く。
でも、冷静になれば思い出すこともある。
私の攻撃は効かない。
だからって、逃げたら何も変えられないのも分かっている。
逃げたら颯希を一生理解出来ないで終わるだろう。
私は千夏達を背に庇いながら、真っ直ぐ陰を見据えた。
命の保証がないことは知っていたじゃないか。
棒を構え、竦む足に力を入れる。
私は颯希と同じ世界を見るんだ。


覚悟は決めたつもりだった。
ただ、だからって私の体は今まで戦闘などしたことはないのも事実だった。
陰が私のすぐ目の前まで迫ってきたとき、私は陰の目を見た。
世界の景色をただ映すだけのその目を見たとき、本能的恐怖を感じた。
私が振り上げた棒切れを軽々受け止められ、陰が揺らぐのを見たときは、絶対的な力の差に目に涙が溢れた。
枯れたと思っていたそれは、軽々と私の頬を伝い、私は死を間近に感じた。
死は怖いものだと久しぶりに思い出した。
死が目の前まで迫ったとき、私を白い何かが包んだ。

「何やってんだてめえ!!?」

怒声と共に鈍った思考回路が鮮明になる。
私は、白く大きな布に包まれ、護られていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!