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創作小説
陰と陽妖 4
森の道は暗く見通しが聞かず、迷っても外に出られない。
どこから迷ったのかわからない。
はぐれ、道を違え、お互い擦れ違ったとしても、その事実にすら気付けない。
複雑怪奇な森の中を、抜け出すことは出来るのだろうか。
2人は巡り会うことが出来るのだろうか。
それともそのまま2人共息絶えるのだろうか。
それはわからないけれど、私はただ希望にすがりついていた。


私はやっとこさ体力を取り戻すまで、1ヶ月もかかってしまった。
その間に給料こそ出なかったものの、食事代やその他生活費は全て出して貰っていた。
さすがに居たたまれなくなっていたので、啓兎に仕事を許可された時は安堵した。
颯希はこの1ヶ月間ほとんど仕事に出ていて、あれから一度も言葉を交わしていなかった。
「今日、早速だけど仕事に向かって貰うよ」
啓兎は真面目な顔をして言う。
私は緊張しながらそれを聞く。
「今回向かって貰うのは、和国の東南にある『吉原』だ。名前くらいは聞いたことあるよね?」
私は懐かしいその名を聞いた瞬間青くなる。
「吉原に…陰が出ているのですか…?」
啓兎は静かに肯く。
「今回の陰は元人間が多くて長期の戦いとなっているようなんだ。増員も向かわせたけど、あまり戦況は変わっていない。」
啓兎は溜息を吐きながら続ける。
「陰についてはまだ全く解明されていないに等しいけど、元人間の陰については何かしらの負の感情が深く関係すると思われている。」
なる程、吉原は遊郭だ。
負の感情が渦巻いていて何の不思議はない。
「初仕事で大変な役目になっちゃうけど、人手不足でどうしようもないんだ…」
謝る啓兎に私は首を振る。
1ヶ月もタダで世話して貰ったのだ。
この恩返し、喜んで引き受けさせて貰います。
そう伝えると、啓兎は複雑な顔をして
「戦闘で危なくなったら、迷わず逃げて良いからね。命より大切なものはないんだから。」
と言ってくれた。
私は深くお辞儀をして部屋から出た。


仕事場へは馬車で他の増員の人達と共に向かった。
馬車の中にいる間、他の人達は私に「大丈夫だよ」と明るく慰めてくれた。
私も肯くが、私にはみんなの顔が緊張で固まっているのがよくわかった。

現場に着くと、そこにはもう遊郭であった面影はほとんどなかった。
豪華絢爛だった建物は崩れ落ち、女衆が客待ちをしていた長屋は瓦礫に埋まっていた。
啓兎の話によると、生き残った『人間』は速やかに保護したため、今吉原にいるのは陰と陽妖のみだそうだ。
私は医療部隊の先輩達について走る。
吉原で、なんとかまだ形を保っている建物に見覚えのある家紋の描かれた旗が掲げられている。
それは、桜城のあちこちで見た桜城の家紋の旗だった。
「あなたはここに運ばれてきた人の応急処置や、その他の雑務をしていなさい。」
私が割り当てられた医療班の班長が私に言う。
私は力強く頷いた。
同じ馬車に乗ってきた他の方達のほとんどは、吉原の奥、危険地域に向かって行った。
私はまだ新人で、他の方達についていっても足手まといになってしまう。
私はそれを理解し、この場所で出来る限りのことをしようと思った。

例え比較的安全な場所だとしても、野戦病院は忙しかった。
重症患者達は私達の乗ってきた馬車でちゃんとした病院へ送られたが、まだ戦える軽症患者は治療を今か今かと待っている。
私達と共に運ばれてきた薬草や包帯がどんどんなくなっていった。
包帯に関しては一度使った物を洗って煮沸消毒すれば使えなくはないが、薬の方はこんな調子ではすぐに足りなくなってしまうのは私でも分かった。
どこもかしこも手は足りず、私はかつてない忙しさに目を回しながら働いた。
啓兎が私を仕事に出してくれなかった理由がよく分かった。

吉原についてから約17時間、やっとひと段落したため、交替で休憩していた。
「こんな大きな戦いは久しぶりだわ。」
私の医療班の班長の千夏(チカ)が呟く。
2人は救護場所から少し離れた場所にある井戸で休憩していた。
「そうなんですか?」
私が聞き返すと、千夏は頷いた。
「ええ。多分桜城の妖術師のほとんどがここに集められているんじゃないかしら。まあ街一つ滅ぼすような陰が相手なら仕方ないけどね。」
千夏の話によれば、この戦いはすでに2ヶ月続いているらしい。
最初はこんなに大きな戦いではなかったのだが、予想外に手ごわく、戦いがずるずる長引き、気付けばこれほどの大きさの戦いとなっていたらしい。
「こんなに長い間エネルギーを出し続けているのに消滅しないってことは、相当妖力を溜め込んでしまっていた証拠。妖術師がなかなか倒せないのも仕方ないのかもしれないわね。」
最近の人手不足はここが原因で、それゆえに私が本部勤務に誘われたのだろうと言われた。
それを聞いて、申し訳ない気持ちになった。
そんな忙しかったのに、私はすぐに役に立てなかったのか、と落ち込みそうになるが、その分頑張ってやろうと気合いを入れる。
「でも、この戦いも、陰が勝つことはない。」
その千夏の呟きに私は首を傾げる。
しかし、どういう意味かと聞いた声は、悲鳴と轟音にかき消された。
「何!?」
悲鳴があった方角を向く。
そこは、医療班がテントを張っていた仮眠場所の方向だった。
急いで走っていくと、テントからは炎が上がっていて、そのすぐ近くには人の倍の背丈の異形の者が立っていた。
「陰…ですって…?」
千夏が恐怖の声を上げる。
あれが、陰?と思いながら身構える。
周りでは医療班の人達が負傷した仲間を引きずって少しでも陰から離そうとする。
「千夏班長!」
先輩の一人が走り寄ってきた。
「状況は!?」
すぐに恐怖を振り払い、千夏は仕事の目をする。
「幸い死傷者、命に関わる重症者はいません!ただ足をやられた班員が何人かいるため、彼らはこの場から離れた場所に連れて行きます。本隊に救援を求めるのに3名ほど向かわせました。」
千夏は肯く。
そして周りにいる医療班に指示を飛ばした。
「すぐに誰かを救護場所へ走らせて。負傷した妖術師が無茶をしてここへ来ようとするのを何としてでも止めなさい!」
周りはすぐにその指示に従って、それぞれ走っていく。
その場には私と千夏、数名の先輩だけが残った。
私は不安になって、意識は陰に集中させたまま、千夏を見る。
「妖術師なしでどうやって止めますか?」
千夏は少し震えながら、それでも力強く笑った。
「大丈夫よ。妖術師じゃなくても、出来ることはあるわ。」
妖術師も私達も同じ人間なんだから、彼らが出来ることは私達にも不可能じゃないわ、と彼女は言って、近くにあった手頃な木の棒を二本取った。
そこに、懐から出した札を巻き、上からさらし布を巻いた。
周りの先輩方も、同じ様に即席の武器を作る。
千夏は二本の内の一本を私に渡した。
「さっき巻いた札はね、妖術師の人がもしもの時為に持たせてくれたモノなの。これを貼ればある程度陰に効果のある武器が出来上がる。これで本隊から妖術師が来るまで時間を稼げるわ。」
あの陰を救護場所に近づけるわけにも、ましてや吉原から出すわけにはいかない。

大変なことになってしまった、と私は思った。
体が震え始める。
陰はまだ動いていないから良いが、動き始めたら私達はあれを足止めなければならない。
「怖かったら逃げて良いわよ。」
唐突に千夏は言った。
私は千夏の方を振り返る。
「私はこの仕事に命を捧げろとは言わない。例え相手が妖術師でも。だって、命は何より大切な物だから。」
だから、逃げて良い。そう千夏は言い切った。
その姿が私に仕事を渡してくれた啓兎と重なり、少し安心する。
震えは止まった。
「大丈夫です。」
私は千夏を安心させるように言った。
そう、大丈夫。
さっき千夏が言っていたじゃないか。
妖術師も私も同じ人間。
颯希も晃も、今あれと戦ってるんだ。
だったら私だってやらないわけにはいかないじゃないか。
それに、私は颯希を理解しようとしているのだから。
どうして颯希が変わったのか、理解しようとしているのだから、私も颯希と同じ舞台に立たなくてどうする。
私は竹刀を持つ形で棒を構えた。
そして、全神経を陰に集中させた。

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