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創作小説
陰と陽妖 2
世界には私の知らない事が沢山あることは知っていた。
でもまさか、物語で天狗が使う様な妖術が、実際に存在するなんて思ってもみなかった。
まさか、人をとって喰う陰(オニ)が存在するなんて思ってもみなかった。
こういった驚きの真実を知る度に私は自分の小ささをも知る。


私はあの火事より6年経ち、生活の全てが変わった。
今や私は貴族ではなくなっていた。
地を這い、生きることに精一杯な生活をしていた。
売れる物は全て売った。
見た目も変わった。
体はやせ細り、着物はボロボロの男性物を使っていた。
長かった髪は切って糸として売ってしまった。
そんな中でも、颯希を探すことだけは続けていた。
きっと颯希は生きている。
それだけを生きる糧として、私は探し続けた。
いつか逢える、と信じていた。


ただ、私は気付いていなかった。
例え颯希が見つかろうとも、幸せの破片は元の場所にはまる事はない。
何故なら私が幸せを取りこぼしたあの時に、破片は歪んでしまったのだから。


私は6年前のあの頃より歳をとり、少しばかりできる仕事が増えていた。
それでも貴族の出のため自分一人で出来ることなど到底少なく、なんとか人手不足となっていたとある屋敷の雑用の仕事にありついた。
この屋敷で使用人の責任を持っている雇い主はとても優しく、身元も分からない私を受け入れてくれた。
仕事もそこまでキツくなく、弱り果てていた私でもこなすことができた。
申し分ない仕事場だった。
ただ、その屋敷は不思議なところだった。
人が多かったり少なかったり、昨日10人いたかと思えば今日は2人だったり。
でも私はそんな事を気にしている場合ではなかった。
一生懸命働いて、お金を貯めて、颯希を探しに行かなければならなかった。
ある日、雇い主が私に言った。
「君に相談があるのだが、本部へ明日から勤めてみないか?」

本部とは何か私は全く知らなかった。
時々屋敷の人が口にするのは聞いていたくらいだ。
しかし、本部と言うからには給料が今より上がるだろう事だけはすぐに分かった。
「本部では今、戦の様な物をしていて、現地で医療対応の出来る人材を求めている。君は確か薬草などに詳しかったね。」
私が肯くと雇い主は優しく微笑んだ。
「無理にとは言わない。命の保証が出来ないから。ただ、人を探すためにお金が欲しいと言っていただろう?医療部隊は仕事柄、様々な場所を廻る。もしかすると、仕事ついでに見つかるかもしれない。ただ、もう一度言うが命の保証はない。…よく考えてくれ。」

私は、その半刻後には屋敷を出て本部へ向かうこととなった。
今更命を失うのが怖いなんて思わない。
私は地獄と呼べる生活を6年の間に送ってきたのだ。
それに比べれば、医療部隊とはなんて生産的な仕事だろう。
何より、私はただ颯希にもう一度会いたい。
もう一度会いたいだけなのだ。


この選択は間違っていなかった。
でも、本部には私が送ったものとは違った地獄が待っていた。


和国の東にある『桜城』…通称本部。
ここは信じがたいことに人ならざるモノと戦う為の拠点らしい。
桜城にいる者達は『陽妖』という組織に属していて、人ならざるモノを倒す部隊なのだそうだ。
人ならざるモノ…つまり陰(オニ)は、此岸のモノが何かしらの方法でその体や魂に見合う以上の力を得てしまった場合、狂乱し己の中のエネルギーを出し尽くそうとする和国特有の現象らしい。
そして、エネルギーを出し尽くした時、その体と魂は彼岸へ送られてしまう。
つまり、死だ。
和国は妖力が満ち溢れた国である為、この現象が起きてしまうらしいが、どうすれば改善出来るのかわかっておらず、混乱を避けるため国民に話すことも出来ず、今はただ、影で陰を消すことしか出来ない。
陰を消すと言っても相手は魂以上のエネルギーを持ってるゆえに簡単じゃない。
そのため、陽妖の戦闘部隊<妖術師>は魂と体を鍛えながら『人』であれるギリギリまでの力を身に付けようと鍛錬している。
そして私は、彼らを医療面でのサポートをするのが仕事らしい。

「ありがとうございます。よくわかりました。」
私は新しい私の上司にお辞儀する。
新しい上司である啓兎(ケイト)は少し驚いたような反応をした。
「…素直に受け入れちゃうんだ…」
嘘なんですか?と聞くと、啓兎は首を振った。
「とんでもない。全部真実だよ。でも陰の存在を今まで欠片も知らなかったのに、よくこんな突飛な話を素直に受け入れられるなって。」
僕の方がびっくりだよ、と言って肩をすくめた。
「充分びっくりしてますよ。」
ただ、私の世界が狭いことはとっくに思い知っているから…と心の中で加える。
啓兎はまあいいか、と流すと、私の顔を見た。
「ウチは身元とかはあまり拘らないから、深くは聞かないけど…君は少し食べた方が良いね。痩せすぎだ。」
それじゃあ戦闘中倒れるよ、と言った。
「ある程度体力が就くまでは君には仕事はさせないから、そのつもりでしっかり食べておいで。」
食事をする広間に案内しよう、と言って啓兎は立ち上がった。
そのまま2人は啓兎の仕事場を離れる。
「僕はここの統率官って事になってるけど、堅苦しいの嫌いだし、タメ口で良いからね。」
笑ってそう言う。
その言葉に、昔の自分が重なった。
そんな事を言える身分が、かつて私にもあった。
そして昔の記憶と共に、颯希の顔が頭をよぎる。
「冬華?」
呼ばれて顔を上げると啓兎が心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。
「どうしたの?大丈夫?」
何でもない、という意味で笑ってみせると、啓兎はそれ以上追求して来なかった。
啓兎は何かを思い出したかのように声を上げた。
「そうそう、さっき言った妖術師だけどね」
啓兎の説明に真剣に耳を傾ける。
「やっぱり仕事が戦闘だから言葉や気が荒い奴らばかりだけど、根は優しいから仲良くしてやってね。」
わかりました、と頷く。
階段を降りていくと、人影が見えた。
「あ、晃(アキラ)じゃないか」
啓兎が声をかける。
「ん?啓兎!これからあんたも飯か!?」
忍びのような姿の茶髪の青年はこちらを向いて驚いたような顔をする。
「新人か!?」
大きな声や知らない人におどおどしながら頷くと、嬉しそうな顔でこちらに近付いてきた。
「俺は晃!妖術師!あんたは?」
冬華、と名前だけ呟く。
「トウカ!キレーな響き!宜しく!」
手を伸ばしてきたので握り返す。
その手はとても大きく、傷付いていた。
そのまま3人は食事所へ向かう。
「今日の日替わりは唐揚げ定食!デザートは杏仁豆腐!」
楽しげに歩いていく晃に、冬華は内心安堵する。
妖術師は気が荒いと言われたから、少し戦々恐々していたが、この分なら大丈夫そうだ。
「んあ?」
晃が間抜けな声を上げる。
俯いていた顔を上げると、晃と同じ姿の長い黒髪の青年が前方を歩いていた。
晃はその人の所へ走り寄った。
「おひさ〜!前の仕事以来じゃん!」
青年はチラリと晃の方を向いた。
そして、すぐに顔を前方に戻す。
私の目は黒髪の青年に釘付けとなった。
今の動作には、見覚えがある。
足が少しずつ早足になるのを感じる。
「冬華?」
啓兎が心配そうに私の名前を呼ぶ。
その声に反応して、青年はこちらを振り向いた。
私は、青年の顔を見た瞬間に走り出した。
私は知ってる。
あの目を、瞳を知ってる。
あの顔立ちを1日も忘れたときはない。
私は青年のすぐ後ろまで走り寄り、叫んだ。

「颯希!」

ずっと探し続けた。
会いたかった。
生きててくれた。

色々な思いが重なって上手く言葉に出来なかった。
そのまま床にへたり込む。
そして、ただ一言「会いたかった」と呟いた。
しかし、颯希から返された言葉は予想外の物だった。

「誰だよ、あんた」

びっくりして目を見開く。
「え…?」
青年は私を一瞥するとそのまま後ろを向く。
私は固まったまま動けなくなる。
まさか人違い?
そんなはずないのに。
私が颯希を間違えるはずはないのに?
しかし、この反応を見る限り人違いだったようだ。
慌てて謝罪のために立ち上がろうとした瞬間、晃が口を開いた。
「颯希〜?トウカ、颯希の名前知ってんだから友達じゃないのか?」
その言葉に再び固まった。
同姓同名でこんなにそっくりな人なんて有り得ない。
じゃあやっぱりこの人は…
でもだったら何故?
何故私がわからないの?
言葉が詰まって私はへたり込んだままだった。
颯希はそのまま何も言わずにその場を去ってしまった。

私は啓兎と晃の2人に断って与えられた共同部屋で寝込んでいた。
時間が時間なので他には誰もいない。
涙は出なかった。
私の涙は6年前に枯れてしまった。
ただただ苦しかった。
あの火事のショックで記憶を喪ってしまったのだろうか。
有り得ることだ。
しかし、だからって受け入れがたい事実だ。
辛くて苦しい。
胸の奥が押し潰される気がする。
息をしているのに、息が出来ていないような気持ちになる。
突然、締め切っていた襖が開かれた。
顔を向けるとそこには啓兎がいた。
片手には握り飯が乗ったお盆がある。
「何か食べないとね…?ただでさえ痩せてるんだから…」
仕事に出せなくなっちゃうよ、と優しく言う。
すみません、と謝ると、啓兎は首を振った。
「前の君の雇い主…まあ僕の部下なんだけど、彼から聞いてるよ。探し人の為に命を懸けに来たんでしょ?もしかして、その探し人が颯希?」
弱々しく頷くと啓兎は、失礼だけどどんな関係だったの?と聞いた。
「許嫁です。」
小さく呟く。
本当はもう違うのだけど、私にとって許嫁は颯希ただ一人だ。
さすがにその答えは予想外だったらしく、啓兎は一瞬固まる。
しかしすぐに我に返る。
「そっか…」
そう言うと、握り飯を一つ差し出してきた。
それを受け取って口に含む。
まだ暖かいそれは今まで食べたどんな食べ物よりもおいしかった。
思わずおいしいと呟くと、啓兎は笑った。
「大丈夫だよ、冬華。おいしいって思える余裕があるならまだ君は頑張れる。」
君は頑張れるよ、と啓兎は言った。


啓兎の話によると、記憶喪失になったような様子はなかったらしい。
私がわからないのは何か理由があるのか、それは全くわからないが、言われてみれば、最初啓兎が私の名前を呼んだとき、確かに反応していた。

「颯希はここに来た当初から周りに冷たく厳しかったよ。まるでそうでないと自分か潰れてしまうかのように。」
啓兎は静かに言う。
それが心配でならないのだというように。
「根はきっと優しいと思うんだけど…あんな態度をとってるから誤解されるんだよね。」
あんな態度?と首を傾げると、少し困ったような顔をした。
「うーん…一緒に仕事すればわかるんだけど…簡単に言えば他人にかなり厳しいんだ。そして自分にも。」
失敗すれば誰であろうと怒声を飛ばす。
仕事が関われば甘さを決して見せない。陰を倒すことには心はない。
例えそれが『元人間』でも。
「どうしてもみんな元人間の陰を殺すのには躊躇するんだ。でも彼はためらいなく殺す。だから周りは彼こそ鬼じゃないかと恐れているんだ。」
それでも颯希は態度を変えようとしない。
だからどんどん孤立していく。

啓兎は私の方を見る。
「多分このままじゃ颯希は潰れてしまう。自分の行動に潰されてしまう。だから冬華、出来れば君も颯希を支えてあげて。彼を大切と思ってくれるなら、どんなに冷たくされても見捨てないであげて。それはとても辛い事だろうけど、彼を理解しようと出来る人間は、ここには少ないから。」
私は静かに頷いた。

私の颯希探しはまだ終わっていない。
颯希の中の、本当の気持ちを引き出して、聞きたいこと全て聞き出してやる。
私は心にそう誓った。

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