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創作小説
陰と陽妖 1
小さな幸せは大きな苦難により押し潰されそうになっている。
私達はそれに気付かず、手の中にあるその幸せを守ろうとする事を忘れがちだ。
そうなればすぐ幸せは粉々になってしまうというのに。

私は幸せを粉々にしてしまった。
だから壊れてしまったそれをなんとか形にしようと思ったんだ。
例え元通りにはならなくても、一番大切なものだけは取り戻したかったから。



私は和国に住むい人間だった。
私の鷺沼(サギヌマ)家いわゆる貴族で、昔から縁の深い武家の一族がいた。
それが颯希のいる羽田(ハダ)家。
武家は和国では貴族と同じかそれ以上の権力を持っていて、鷺沼家の長女である私は生まれる前より羽田家の後継ぎである颯希(ソウキ)との結婚が決まっていた。
俗に言う許嫁という関係。
でも私自身はそれが当たり前だったし、受け入れていた。
お家の繁栄は最も大切な使命。
それを果たせることは嬉しかったし、颯希のことも、嫌いではなかった。
いやむしろ好きだったと思う。
でも、6年前のあの火事は、私の大切なモノを全て攫っていってしまった。

勉学の時間を終え、私は彼が来るのを部屋で待つ。
女中の声と共に扉が開き、待ちに待った彼が来た。
「いらっしゃい、颯希」
満面の笑みで笑うと、颯希も、正面に座って挨拶をする。
堅苦しいのが嫌いな私は女中をさっさと追い出すと、颯希とたわいもない話をした。
「今日は薬について習ったのよ。これで将来颯希が怪我して帰ってきても大丈夫よ。」
そう言いながら幾つか薬草の名前を挙げてみせる。
「冬華(トウカ)は頭が良いからな、安心して治療を任せられそうだよ。」
そう言って笑う颯希に、私も嬉しくてはにかんだ。
それからはいつものように貝合わせをしたり、目隠し鬼を興じたりする。
「そう言えば、目隠し鬼って元々は遊郭の遊びらしいな。」
一通り遊んだ後に颯希が言う。
遊郭?と首を傾げると、吉原にある遊び場だと教えてくれる。
「遊び場なら行ってみたいわ」
私がそう言うと、颯希は慌てて首を振った。
「遊び場って言っても貴族の女性が行く所じゃないよ。」
そうなの?とまた首を傾げる。
颯希は大きく頷く。
「それに俺も行きたくないな。」
そう言ってから、颯希は遊郭とは体しか売る物がなくなった女性が生きるために渋々好きでもない殿方と夫婦のフリを興じる場所なのだと教えくれた。
「じゃあ私と颯希は許嫁だから関係ないわね。」
笑って言うと、そうだよ、と笑い返してくれた。
そう、この頃は私も颯希も、夫婦となり幸せとなる未来を信じて疑わなかった。
あの火事の日までは。

明くる日も、私は勉学の時間の後、颯希を待っていた。
今日は何をして遊ぼう。
ワクワクしながら待っていたけど、颯希はなかなか来なかった。
今日は稽古が長引いてるのかな、と大して重く考えずに待っていたのだけど、いつも来る刻より一刻半経っても来る気配がないのにはさすがに不安となり、女中を呼び寄せた。
「心配だから颯希の家に迎えに行こうと思うの。付いてきてくれる?」
女中と共に家を出ると、外が騒がしく、煙の臭いがした。
「火事だ!」「消防団はまだか!?」そんな言葉が飛び交い、煙の上がる方向に桶を持った人が走っていく。
その場所は、颯希の屋敷の辺りである事だけはわかった。
嫌な予感がした。
「誠子さん、行きましょう」
走っていく大人に混じり、二人は颯希の家を目指す。

たどり着いた火事現場は、私の予感を裏切らず、颯希の屋敷だった。
中へ飛び込もうとする私を誠子は必死に止める。
「いけません、冬華様!いけません!」
私は髪を振り乱しながら颯希の名前を呼ぶ。
火の勢いはすでに弱く、大人達の瓶や桶での抵抗により鎮火しつつあった。
だが、火事は羽田家の母屋を焼き払ってしまい、そこで生存者を望むのは難しかった。
誠子にしがみつきながら泣く私に優しく誠子は頭を撫でる。
きっと大丈夫ですよ、と声をかけてくれたがその時すでに私自身が、諦めかけていた。

颯希は死んでしまったのだ。

割り切れるはずはないが、冷静な私がそれを受け入れてしまっていた。

しかし

その瞬間、中から聞き慣れた声が聞こえた気がした。
とても微かだが、私には分かる。
間違いなく、あれは颯希の…
そこまで考えると、誠子から離れ、口元を手拭きで覆いながら羽田の敷地内へ飛び込んだ。
後ろで私を呼び止める誠子の声がした。

なるべく身を低くしながら私は敷地内を走った。
母屋の横や後ろへ回り込む。
母屋はもう殆ど焼き払われ、柱程度しか残っていなかった。
おかげで入らずとも中の様子がよく見える。
縁側に沿って走っていると、遠くで2つの人影が見えた。
身長で分かる。
一つは間違いなく颯希のそれだった。
生きていてくれた。
それだけで泣きそうになる。
しかし、もう一人、颯希に向かい合わせに立っている人影は?
もしや放火犯では?という考えがよぎる。
煙で二人の顔はよく見えなかった。
しかし、考えている暇はない。
私は大声で叫んだ。
「颯希!!」
颯希はこちらを振り向くと、すぐにもう一人の方へ顔を背けた。
どうして?と考える前に私は、何故か意識が遠のくのを感じた。

目を覚ますと、私は自分の屋敷にいた。
誠子が横で安堵の溜め息を吐く。
「心配しましたよ」
無茶なさらないでください、と誠子は言う。
「颯希は…?」
私は首を動かし、周りを見る。
しかし私と誠子だけしかその場にはいなかった。
誠子は苦しそうな表情をする。
「…羽田様のお屋敷からは…生存された方はいらっしゃいませんでした。」
静かに告げる誠子に、私は飛び起きる。
「嘘!」
そして布団を握り締め、叫んだ。
「いたわ!颯希は!あそこにいたのよ!」
しかし、誠子は首を振る。
「…冬華様。」
私は叫び続ける。
「誰かと立ってたのよ!きっとあの人が颯希を攫って行ったんだわ!絶対よ!絶対、颯希は生きてるのよ!」
実際、あの光景は夢か現か分からない。
しかし、信じずにはいられなかった。
私は喉が枯れるまで叫び続けた。


私はその可能性だけを信じてそれから颯希を探し続けた。
そして、唐突に彼を見つけた。
私の拙い妄想は正しかったのだ。
しかし、私が彼を探している六年の間に、私も彼も変わってしまっていた。

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