堕ちて混ざって笑いましょう
日常
ツナが家を出た翌日、並盛では何事もなかったように日常が流れていた。
奈々はいつものようにランボ達を起こし、自身を含めた『5』人分の朝食をテーブルに並べる。テーブルの回りを『5』つの椅子が囲い、起きてきたランボ、イーピン、ビアンキ、リボーンが定位置に座った。そして最後に奈々が台所から一番近い席に座り、朝食を食べ始める。
まるで元々5人だったように、元々ツナはいなかったかのように、違和感なく朝が過ぎていった。
朝、並盛中学校では風紀委員の服装チェックを通り、それぞれ学生達はクラスへと向かう。そんな中、獄寺とロンシャンがアクセサリーの付けすぎで風紀委員に止められるのもまた、いつもの光景だった。
山本とアリサ―――少し前にイタリアから留学してきた少女―――がそんな獄寺達を見て笑っている。
これもまた、最近の並盛の日常の一つだった。
クラスへと入れば、クラスメート達が笑顔でアリサに挨拶する。アリサもそれに笑顔で返す。
「獄寺君、山本君、あとでね!」
アリサはそう言って獄寺と山本から離れると、女の子達の授業前の楽しそうな雑談に入っていった。
やがてチャイムが鳴って朝のショートホームルームが始まる。今日の一時間目は担任の先生の数学であるため、アリサ達は自分の席に戻ると数学のノートを開く。
先生は名簿を開くと点呼を始めた。
「斎藤」
「はいっ」
「櫻井」
「はい」
「島村」
「へーい」
「島村、返事は『はい』だろ?」
クラスから笑い声が上がった。アリサも口元に手を当ててクスクスと笑う。
そのまま点呼を終えると、教師は軽く連絡事項を離し、そして数学の授業が始まった。
先生が説明しながら黒板に書くのを生徒が写す。わざわざ授業を妨害する生徒もいなければ、隣の子とお喋りする生徒もいない。
最近は獄寺もちゃんと授業に出ているため、サボりの生徒もおらず、席には『全員』が着席している。
空席は、一つもない。
何も問題ない平和な学級がそこに存在した。
雲雀はその日も応接室で風紀委員の仕事をしていた。
今朝の服装チェックの結果をまとめ、要注意リストを作り上げる。リストのトップには、『獄寺隼人』と『内藤ロンシャン』の名前があった。
ある程度まとめ上げた資料を草壁に渡し、代わりに今日の無断欠席者のリストを受け取る。
今日の無断欠席者は、沢田綱吉だけだった。
「…………」
雲雀は少しの間その名前を眺めると、ツナの名前の上に赤ペンで大きく×印を付ける。
そうして差し出された無断欠席者リストを、草壁は何も言わずに受け取った。
雲雀は今日片付ける書類がなくなったことを確認すると、席を立ち上がる。
そして授業をサボっている生徒がいないか探すため、応接室を出ていった。
授業終了のチャイムが鳴り、アリサはお弁当を片手に女子達の中に入っていく。獄寺と山本は、それぞれ自分の昼食を食べながらそれを見ていた。
「アリサ、元気そうで良かったたのな〜」
山本は嬉しそうに目を細めながら呟く。獄寺も何も言わないが、楽しそうにお弁当を食べるアリサの横顔をどこか柔らかい表情で眺めていた。
「アリサもやっと友達増えたみたいだし、……『アイツ』も最近は懲りたのか大人しかったし」
そう呟く山本の目は、もう笑ってはいなかった。獄寺も少し眉を寄せる。
「そういや……今日は来てなかっな」
獄寺は軽く教室を見回してそう言う。山本は肩を軽く上げた。
「居づらくなったんじゃねーの?まぁ散々やらかしたからな」
山本はそう言うと、アリサの方へ視線を戻した。獄寺もまたアリサに視線を戻し、そして小さく口を開いた。
「……不本意だが、アイツは俺達のボスだ」
獄寺の言葉に、山本は分かっていると言うかのように頷く。
「だからボスの尻拭いは俺らで……だよな?」
獄寺の言葉を引き継ぐようにそう言った山本に、獄寺は「ああ」と頷いた。
二人の視線の先では、アリサが友達と楽しげに笑っていた。
三階の使われていない教室でタバコを吸いながらサボっていた三年生を三人程噛み殺した雲雀は、応接室に戻ってきた。
その顔はどこか不満そうで、草壁に定時報告に来ていた風紀委員達は一様に顔をひきつらせ、中には顔色が青を通り越して白くなっている者もいる。
「……最近の群れは弱すぎだよ。つまらない」
ぼそりと呟かれた言葉はとても物騒で、ますます風紀委員には緊張が走る。
このまま応接室に『群れ』を置いておくのは危険だと判断した草壁は、すぐに風紀委員を解散させる。風紀委員達は、心の中で草壁に感謝しながらすぐさま応接室からいなくなった。
草壁は給湯室で日本茶を煎れると、雲雀のところへ持っていく。雲雀はそれを受け取ると、飲みながら生徒名簿を開いた。
三年生のページを開くと、今日噛み殺した生徒の欄に『タバコ』と『サボり』を記入する。
そしつペンを置くと、今度は2年A組のページを開いた。
そして『沢田綱吉』の欄を見る。
「彼、最近は大人しいね」
草壁は雲雀がツナの事を言っているのだと気付くと「そうですね」と頷く。
「ちょっと前までは色々と騒いでいたのに……つまらないね。いっそ噛み殺してしまおうか」
先ほどとは一転して楽しげに笑うその姿は、肉食動物そのものだった。
そんな雲雀に、草壁は「お言葉ですが」と口を挟む。
「今沢田と戦ってもさほど楽しくはないと思いますよ。今の彼は『あの頃』とは違います」
草壁の言葉に雲雀は再びつまらなそうに憮然とした表情を浮かべる。しかし諦めたように息を吐いた。
「まったく……本当に最近つまらないことばかりだ」
並盛には、『日常』が流れていた。
それぞれの人間にとっての日常が。
『プルルルルル、プルルルルル』
電話機から、機械的なコール音が流れる。
それは、つかの間の日常を壊す音だった。
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