堕ちて混ざって笑いましょう
違う人間
ツナはゆっくりと山本のいる方へ歩いていく。
クラスメート達は、誰もがそれを固唾を飲んで見守っていた。
ツナは山本から手を伸ばせば届くギリギリ距離まで着くと、足を止める。
そして真っ直ぐに山本を見上げた。
「……止めに来たなら無駄だぜ」
山本はツナから少し視線をそらすと、そう吐き捨てる。そんな、いつもと全く違う山本に動揺することなくツナは口を開いた。
「俺は―――謝りに来たんだ」
山本は驚いた顔をし、ツナを振り返る。ツナは山本を真っ直ぐに見つめたままだった。
「俺が余計なこと言わかなかったら……山本が怪我をしなかった」
そう言うとツナは深く頭を下げた。
「本当に……ごめん!」
山本は思ってもみなかった謝罪に驚き、そして首を振った。
「止めてくれよツナ。頭をあげてくれ」
その言葉にツナがゆっくり頭を上げると山本の悲しげな瞳と目があった。
「……ツナは何も悪くねぇよ。昨日……俺はツナの言葉ですっげぇ励まされた……あの後、久しぶりに野球を楽しめたんだ…………でもよ、」
そこまで言うと山本は言葉を切り、困ったような顔で左手で頭を書いた。
「でもよ……もうダメなんだ」
山本は吐き出すようにそう言い、俯く。頭を書いていた腕は力なくおろされた。
「…………お前なら、俺の気持ちわかるはずだ」
「え?」
突然の話題転換についていけなかったツナは思わず聞き返す。山本はツナから目をそらしたまま、言葉を続けた。
「ダメツナって呼ばれてるお前なら……何やってもうまくいかなくて死んじまったほーがマシだって気持ち、わかるだろ?」
そう言う山本の顔には、諦めや自嘲の色が浮かんでいる。そんな山本にツナは少しの間躊躇するように瞳を揺らしたが、やがて呟くように答えた。
「……ごめん……俺には分からないよ、山本……」
山本は軽く目を見開く。ツナはもう一度「俺には分からない」と繰り返した。
「山本……俺と山本は、多分違うよ」
ツナはまるで諭すかのように、ゆっくりとそう言う。山本はその言葉にきつく眉を寄せるとツナを睨んだ。
「さすがは最近活躍目覚ましいツナ様だぜ。俺とは違って優等生ってわけだ」
山本は苦々しげにそう吐き捨てると、そばにあるフェンスを強く握り締める。フェンスから軋むような音がなった。
その音を聞きながら、ツナは首を横に振った。
「俺は山本みたいに何かに一生懸命打ち込んだこと、ないよ」
ツナの脈絡のない言葉に山本は眼光を緩め、訝しげな表情を浮かべる。ツナは初めて山本から目をそらすと、一歩だけ山本に近付いた。
「俺は山本と違ってダメなやつだから……ダメツナであることに慣れきってるから……死ぬほど悔しいとか挫折して死にたいとか……思ったことない……」
山本はフェンスから手を離す。そしてツナの言葉の続きを待った。
「むしろ俺は……どんなに地べたを這いつくばったって良いから、生きたいって思っちゃうんだ。何をやっても上手くいかないとしても……俺は生きてたい。それくらいで死ぬのはもったいないって思うし……何より、俺は死ぬのが怖い。死んだら全てが終わりなんだ。俺にとって死んだ方がマシなことなんて、一つもない」
ツナは言い切ってから、山本を見上げた。再び、ツナと山本の目があう。
「……俺と山本は全然違うんだ……だからお前の気持ちは分からない……ごめん……」
ツナはそう言うと地面に瞳を落とした。
そんなツナを見下ろしていた山本は、不意に口を開いた。
「……確かに、俺とツナは全然違う人間みたいだな」
ツナは地面を見たまま瞳を揺らす。ツナの心は今、自分の言葉が山本を更に追い込んでいるのではないかという不安で一杯だった。しかしそんなツナと対照的に、山本は軽く口角を上げる。
「全然違う人間だけど……ツナの言葉聞いてたら、死ぬのが怖くなってきた」
ツナは先程より少し口調が明るくなっているのに気付き、恐る恐る顔をあげる。ツナの視線の先には、眉をハの字にして笑う山本がいた。
「ツナの言う通り、こんなことで死ぬのもったいないかもな」
そう言って笑う山本に、ツナは目を丸くする。そして山本と同じように眉をハの字にして、はにかんだ。
クラスメート達も、山本の言葉や二人を包む空気の変化に気付き、それぞれ安堵の息を吐く。
そして明るい言葉が飛んできた。
「山本てめぇ本気で焦っただろーが!」
「お騒がせな奴め!」
「たけし君良かったぁ……」
「よくやった沢田!」
ツナ達から少し離れたところで見守っていた彼らは、暗い空気を吹き飛ばそうとするように軽口を叩きながら山本のそばに歩み寄る。
そんな彼らに山本もいつもの笑顔で「悪ぃ!」と謝っていた。
(良かった……)
なんとか山本を止められたことにツナは安堵し、ゆっくり息を吐く。
そしていつも通りに戻った山本を眺めていると、不意にツナの頭に何かが響いた。
『なんだ、アイツ死なないのかよ』
(え……?)
何の気持ちも感じない、淡々とした声が頭に響く。
咄嗟に声の主を探すツナの目に、山本の右腕に不自然な陰が何本も入り込んでいるのが映った。
(……何……?)
今までツナの前に一瞬しか姿を表してこなかったその陰が、今回ははっきりと山本の腕に浮かんでいる。陰は大きく揺らめくとだんだんと姿をはっきりさせていった。
やがて靄から現れるように姿を現したのは、何本もの細い鎖だった。
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