堕ちて混ざって笑いましょう
相談
「結局こうなるんだよなー……」
ツナはトンボがけをしながらそう呟いた。
試合は接戦したものの結局負け。
ツナはチームメート達に全ての責任を着せられ、トンボがけを押し付けられていた。
『おめーのせーだぞダメツナ!!』
『だからチームに入れたくなかったんだ』
『負け男っ』
チームメート達の言葉を思い出し、自然とため息が零れる。
役に立っていないのも、足を引っ張ってしまったのも事実なため、何も言い返すことは出来なかった。
(後たった二年の辛抱だ、俺。我慢我慢……)
まるで念仏のように『我慢』の言葉を唱えながら、ツナは重い足取りでトンボがけに勤しむ。
すると背後から、誰かの足音が近付いてきた。
「助っ人とーじょーっ」
聞き覚えのある声に反応してツナが振り向くとそこにはトンボを担いだ山本が立っていた。
「山本!?」
思ってもみなかった彼の登場に思わずツナは驚きの声をあげる。
山本はニカッと笑ってツナの元まで歩いてきたが、ツナは山本と目を合わせられず俯いてしまった。
ツナは少し気まずそうな面持ちで小さく口を開く。
「……ごめん、俺のせいで……せっかくチームに入れてくれたのに」
初めて誘ってもらえたというのに結局自分はチームの足を引っ張ってしまった。
その事実は山本に対する罪悪感としてツナに重くのしかかる。
しかしそんなツナに山本は笑って首を振った。
「気にすんなって!たかが体育じゃねーか。頼むぜ俺の注目株!」
ツナは突然の山本の言葉に思わず動かしていた手を止めて首を傾げる。
「最近お前スゲーだろ?剣道の試合でも球技大会でもさ。俺、お前に赤丸チェックしてっから」
山本の予想だにしない言葉にツナは固い声をあげて硬直した。その拍子に手から滑り落ちそうになるトンボを慌てて掴み直すと山本の言葉を心の中で反芻する。
(剣道……球技大会……両方共、アイツに特殊弾撃たれた最悪のイベント……)
自分が良い注目を浴びると言ったらそれくらいしかないのだが、ツナは少し複雑な気持ちになる。
山本が褒めてくれているのは分かってるが、ツナはとても素直に喜べなかった。
そんなツナに気付かず山本は言葉を続けた。
「それに引き換え俺なんてバカの一つ覚えみたいに野球しかやってねーや」
どこか陰のある表情で山本は笑う。突然変わった山本の雰囲気にツナは戸惑いながら口を開いた。
「何言ってんだよ。山本はその野球が凄いじゃないか」
山本はツナの言葉に苦笑いを浮かべると空を見上げた。
「それがどーも上手くいかなくってさ」
「え?」
今日の試合も絶好調だったというのに。
そう思いながらツナは山本に聞き返す。
「ここんとこいくら練習しても打率落ちっぱなしの守備乱れっぱなし。このままじゃ野球始めて以来初のスタメン落ちだ」
聞くに山本はいわゆるスランプというやつに陥ったらしい。
(あれでスランプなのか……)
今日の試合を思い浮かべながらツナは内心苦笑いを浮かべる。
山本は辛そうな苦しそうな表情を浮かべるとツナの方を向いた。
「ツナ……俺どうすりゃ良い?」
ツナは今度こそトンボを落とした。
トンボがグラウンドに跳ねた渇いた音が足元から聞こえてきたが、ツナはそれどころではない。
(え……ええぇっ……そ、それ俺に聞くのーーー!?)
何と答えれば良いのかさっぱり分からないツナは、視線をさ迷わせながら必死に言葉を探した。
そんなツナの様子に気付いた山本は、自分の失言に一瞬バツの悪そうな顔をする。
そして次の瞬間にはいつもの無邪気な笑みを浮かべていた。
「なんつってな!最近のツナ頼もしーからついな……」
さあトンボがけやるぞー!と笑う山本にツナは何とも言えない表情を浮かべる。
(あんな山本の顔見たことないよ)
いつもクラスの中心で楽しそうに笑っている。それがツナの山本に対する印象だった。
その山本が本気で悩んでて、自分に相談までしてくれた。
何か力になりたい、そうツナは思った。
自分なりに……何か……そう思ったとき、ツナの脳裏に昔の光景が蘇る。
ツナは少し息を吸い込むと、意を決したように顔をあげた。
「俺の昔からの知り合いで、色々教えてくれる変わった人いるんだけど……」
トンボがけを先導していた山本は、ツナの言葉に振り返る。
「その人が言ってたんだ。『ヒトの想いは時に何よりも強い力になる』って」
山本は体ごとツナに向き合うと、ツナの次の言葉を待つ。
「山本は何より野球好きなんだろ?もちろん想いだけじゃ駄目だけど、山本は毎日部活して、自主練もしてる」
ツナは毎朝見ている。
山本が一日も欠かさず朝練に参加している所を。
いつも楽しそうにバットを振るっている所を。
「それだけの想いを持ってて、山本は毎日練習してるんだ。きっと大丈夫だよ。今はスランプでも……山本ならすぐに抜け出せると思う」
何だか気恥ずかしくなったツナは、最後まで言ってから少し照れたように笑った。
山本は少しの間瞬きをして固まった。
しかしその後、明るく歯を見せてツナに笑い返した。
「サンキューな、ツナ!」
そう言うと山本はツナの肩に腕を回す。
「要は初心を忘れずに努力あるのみだな!お〜し今日は居残って全力で野球を楽しむぞ!!」
そう言って豪快に笑う山本に、ツナも安心した表情を浮かべた。
(良かった、山本元気になった)
しかしそこでふと思い至る。
(そういえば……腕の陰……)
ツナはそっと自分に回された右腕を見た。
しかし山本の右腕は何の異常もなく、おかしな陰も今は見えない。
(そもそもアヤカシだったらこんな至近距離で気付かないわけないし……やっぱり見間違い……?)
最高峰の霊媒体質を持つツナであるため、アヤカシの邪気はすぐに分かる。
見ても触れても異常のない右腕に、ツナはただの思い違いだと判断し、気にしないことにした。
その後二人でトンボがけを終えたツナは、山本を残して帰路へとついた。
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