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novel
アメ



降雨を間近で見て満足した藤内は、長屋の自室へ戻っていった。三年長屋まで一緒に来た作兵衛も、びしょ濡れの制服を着替えるために一度自室へ戻る。予備の制服に手早く着替えた作兵衛は、濡れた髪を拭きながら長屋の廊下に出た。

雨はザアザアと音をたて、大地に恵みをもたらしている。

少しの間雨を眺めていた作兵衛は、小さくため息をつくと自室へと入っていった。

いや、正確には入ろうとした。

しかし半歩ほど部屋に足を踏み入れたところで作兵衛は手を捕まれた。

振り向くと、いつからいたのかそこには降雨術師の女が立っていた。

「久しぶりの再会だと言うのに、挨拶も無しとは冷たい奴だのぅ、『猫』よ」

口許を隠しくつくつと笑う女に、作兵衛は深く眉間に皺を刻んだ。

「ここで『猫』って呼ぶんじゃねぇよ、雨童<アメワラシ>」

女は笑みを深めると持っていた傘を広げてくるりと回す。傘で阻まれ姿が見えなくなった、その一瞬の内に女の―――雨童の姿が変わった。

先程まで来ていた濃い紫の着物には艶やかな紫陽花の柄が入る。一つの団子に結われていた髪は半分だけ解かれ、背で波打っている。差されたかんざしからは蒼い玉の装飾がほどこされており、まるで雨粒のように連なっていた。

「……誰かに見られたらどうすんだ」

作兵衛は少し辺りを気にしながら雨童を見る。

「私がそんなドジを踏むものか。伊達に世に名を知らしめてはおらぬよ」

余裕な顔でフンと鼻を鳴らす雨童に作兵衛は少し呆れを含ませながらいやいや、と首を振った。

「世に名を知らしめてるってことはつまりそれだけ妖怪ってバレたってことだろ……」

「ふむ、生意気なところは相変わらずじゃの」

言葉とは裏腹に、雨童はコロコロと笑った。

「っていうか……アンタほどの大物がなんでこんなことしてんだよ」

自分のような獣の妖と比べ、ずっと上級であるはずの雨童が降雨術師をしていることを疑問に思った作兵衛は率直尋ねる。

「私を大物と思うならそれ相応の敬意を示せと言うんじゃ、まったく……。何、ちょっとした道楽じゃよ」

ふふ、と笑いながら話す雨童に、作兵衛は少し首をかしげながら続きを促す。

「雨は私と同じで気まぐれじゃからの。気まぐれな雨にフラれた人間を、私が気まぐれに助けてやる。暇つぶしみたいなものじゃ」

だから気が向かんときは私は仕事を断るよ、と話す雨童に作兵衛は少し苦い顔をする。

「アンタらの気まぐれに振り回されてる人間見て楽しんでるってわけか。趣味悪ぃな」

どこか不貞腐れた様な作兵衛に、雨童はまたコロコロと笑った。

「そう言うな、猫よ。私も雨もこのくらい気まぐれな方が良いのじゃ」

作兵衛は言っている意味が分からず首をかしげる。しかし雨童は笑うだけでそれ以上何も言おうとしなかった。



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