novel
ゲキヘン
金楽寺へお使いに行ってから2日経った休みの日。
まだ快晴は続いていた。
作兵衛は自室の前の軒に腰かけると、何ともなしに空を見上げる。
「最近晴れが続くな〜」
不意に後ろから誰かに話しかけられた。振り向くとそこには首桶を抱えた藤内がいた。
「やぁ作兵衛。いつもの二人はいないのか?」
藤内は隣に腰掛けると作兵衛に尋ねる。
「委員会」
作兵衛が短く答えると、藤内は納得したように頷いた。
そこで作兵衛はふと思い出したように自室に戻る。そして自分の机の上の小さな袋を掴むと、すぐに藤内のいる軒まで戻った。
「食うか?」
作兵衛が持ってきたのは和尚に貰った黒糖の鼈甲飴だった。飴を一つ自分の口に放り込むと、作兵衛は藤内に飴の入った袋を差し出す。
藤内は喜んでそれを受け取ると、俺を言って鼈甲飴を口に入れた。
二人はしばらく無言のまま舌で飴を転がす。幾分か経って、不意に藤内は口を開いた。
「今日さ、忍術学園にお客様が来るって知ってるか?」
作兵衛は少し考えてから首を振った。すると藤内は顔を上げ、空を仰ぐ。
「先生方が話してるのをたまたま聞いたんだけど、なんでも『降雨術』が使える術師が来るらしいよ?」
作兵衛は藤内の言葉に思わず声を漏らした。
「今日だったのか」
その呟きに藤内が首をかしげているのを見て、作兵衛は先日のお使いの事をかいつまんで話した。
すると藤内は納得したように頷くと、顔を輝かせて立ち上がった。
「そうだ作兵衛!せっかくだから降雨術見に行かないか!?」
「ぅえ!?」
作兵衛は思わず眉間にシワを寄せる。しかし藤内は気付かず続ける。
「忍者にとって雨は敵にも味方にもなる大事な要因だ!だから僕達も降雨について予習するべきだと思う!」
作兵衛は一つため息をつくと、熱くなっている友人を見上げた。
もう三年目の付き合いだ。彼がここで引かないことはわかっている。
作兵衛は当初送る予定でいた『平和な休日』を早々に諦めた。
降雨術を見学することに決めた二人は、正門へ向かう。
正門前を掃除している小松田さんに、今日お客様がいらしたか聞いてみると、今のところ誰も来ていないとのことだった。
「ってことはこれから来るんだね」
ワクワクと目を輝かせた藤内が正門を見る。
「じゃあここで待ってりゃ良いな」
藤内は作兵衛の言葉に頷くと、正門近くの木の根本に腰かけた。作兵衛も藤内の後に続き、隣に腰かける。
それから二人は適当に最近あったことなどを話ながら時間を潰していた。
(……それにしても……)
待ち始めてから半刻ほど経った頃、作兵衛は不意に空を見上げた。空には相も変わらず青空が広がっており、雨雲どころか浮き雲すら一つもない。
(……雨の気配なんてさっぱりしねぇんだが……こんな状態で雨なんて呼べんのか?)
降雨術なるものを見たことのない作兵衛はそれがどんなものなのか当然分からない。降雨術とは雲がなくても雨を呼べるものなのだろうかと首をかしげた。
「……ん?」
その時唐突に作兵衛の髭が異変を知らせた。
作兵衛は驚いて正門を振り向く。
正門の向こう側から何か冷たいものを感じる。
「……なあ作兵衛、なんか急に気温下がった気がするんだけど……?」
藤内も異変に気付いたようで、軽く腕をさすりながら作兵衛を見やる。
作兵衛はその言葉に頷きながら異変の正体を探るように五感を全開にして正門を見る。そんな作兵衛に気付いた藤内も、軽く目を細めて正門を見た。
少しずつ気配が近付いてくるのが分かる。
それに伴い、春の暖かい空気が冷えていく。
(ん?……この感じ……どっかで……)
作兵衛は辺りの空気の変容に藤内とは違う意味で眉を潜める。作兵衛は既視感の正体を掴むべく己の記憶を探った。
そんな作兵衛の上では、先程まで透き通るような青空を誇っていた空に雲が見え始め、太陽は隠されつつある。
「……もしかして降雨術?」
そんな空の激変に藤内が小さく呟く。
その言葉に応えるように、正門の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「誰かおりませんか?」
滑らかな、女性の声が辺りに響く。声に反応した小松田さんが入門表を片手に門へと走っていく。
「はいはーい、どちら様ですか?」
小松田さんは通用口を開けながら気の抜けた声で尋ねる。作兵衛と藤内は相手の姿を確認しようと身を乗り出したが、小松田さんは最小限にしか戸を開けなかったため、見ることはできなかった。
「私、こちらさんに頼まれた降雨術師です」
女性はそう答える。小松田さんはその言葉に「ああ!」と声をあげた。
「では入門表にサインお願いしまーす!」
小松田さんと女性は入門時の事務的やりとりをする。そして入門表を確認した小松田さんは、笑顔で女性を招き入れた。
「ではお邪魔します」
そう言いながら女性は戸口をくぐる。その時初めて作兵衛と藤内は女性の姿を確認できた。
紫の着物に身を包み、団子のようにまとめられた黒髪にはかんざしをさしている。
手には黒い質素な傘を持っていた。
女性が学園に入ったのと同時に、作兵衛の頬に何かが冷たく跳ねる。見上げると暗くどんよりとした空から大粒の雨がこぼれ落ちてきた。
それに気付いた二人は慌てて乗り出していた身を引き、木陰に入る。
まるで女性が雨を連れてきているかのように、女性が一歩進む程に雨は酷くなっていった。
「……これが降雨術の力……?」
木の葉の隙間から入ってくる雨粒を払いながら藤内は驚きの混じった声をあげる。
同じく雨粒を払っていた作兵衛は、軽くうつむきながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
(……通りで知ってる気配だと思ったよ……)
作兵衛は『見覚え』のある顔に溜め息と共に項垂れた。
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