novel
ヨビダシ
昔の夢を見た日の午後、いつも通り学業や修行に励んでいた作兵衛は、先生に呼び出された。
「なんかやったのか、作兵衛?」
左門のその問いに作兵衛は首を振る。ここ一週間を振り返ってみても、特に先生から呼び出される原因が思い当たらなかった。
「はっ、まさか俺があまりに忍者に向いてねぇから退学に……」
顔を青くして暗い妄想に走った作兵衛に三之助がにへらと笑う。
「ないない、フツーにお使いか何かだって。作は妄想し過ぎ」
三之助の言葉に、顔を青くさせたまま作兵衛は唸る。
そんな作兵衛を左門と三之助は慣れたように宥めると、先生の所へ行くのを促した。
左門と三之助により、何とか職員室前まで辿り着いた作兵衛は、大きく深呼吸をすると戸の前に正座をし、背筋を伸ばした。
「三年ろ組富松作兵衛、只今参りました」
すると中から入室を促す声が聞こえてきた。
作兵衛は静かに戸を開くと礼儀正しく一礼する。ゆっくり顔をあげると、一年は組の実技担当である山田伝蔵がこちらへ近付いてきた。
「突然呼び出したりして悪かったな。少しお前に頼みたいことがあって……」
山田先生の言葉に作兵衛は首をかしげる。
「頼みたいこと?」
山田先生は頷くと、懐から文を出した。
「すまないがこれを金楽寺の和尚に届けて欲しいんだ―――今日中に」
出された文を作兵衛は受けとる。それを少ししげしげと見ると、作兵衛は顔を上げた。
「密書ですか?」
しかし山田先生は苦笑して首を振った。
「いや、そんな大層なものじゃあないよ……ちょっと和尚に頼みたいことがあってね」
その言葉に作兵衛は少し安心したように息をついた。山田先生はそんな作兵衛の様子に苦笑を深める。
そこに作兵衛はふと疑問に思ったことを口にした。
「どうして俺なんですか?このくれぇのお使いなら一年ボーズでも充分こなせるでしょうに」
別にお使いを引き受けることそのものは問題ないのだが、一年の担任である山田先生が何故わざわざ自分に頼んだのかが気になった。
すると山田先生は肩をすくめて口を開いた。
「学園長先生の囲碁やら将棋やらのお誘いの文なら別にあの子達で良いのだが……この文は確実に届けて欲しくてな。それで念のため三年生に頼むことにしたのだ」
しんべヱと喜三太に今日は用具委員は無いと聞いてな。
そう曖昧に笑う山田先生に作兵衛は複雑な表情を浮かべるが、ひとまず納得して頷いた。
「では頼んだぞ」
「はい」
作兵衛は受け取った文を懐へ仕舞うと立ち上がり、一礼した。
「では失礼しました」
ゆっくり戸を閉めると、お使いの準備のために自室へと足を向けた。
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