novel
ハジマリ
此岸と彼岸の境界。
魑魅魍魎が好き勝手自由に棲まう異界の地。
人ならざるモノ、異形のモノ達の園。
それがここ『妖界』。
ここには人々に神と崇められるモノから悪鬼妖怪と恐れられるモノまで様々なアヤカシ共が存在する。
そして、彼もまたそんなアヤカシの一つだった。
妖界のとある場所。
小さな陰―――三角の耳と二本の尻尾を生やした少年が大木を手を使わずにひょいひょいと登っていく。
枝から枝へ飛び移り、木の頂へ辿り着くと、隣の大木の枝に誰かが腰かけているのが見えた。
「爺!」
少年は隣の大木の先客―――面を被り、奇怪な格好をした老人に大声で話しかける。
「飯綱の野郎から聞いたんですが……俺に何か用ですか?」
少年が尋ねると、老人はおもむろに頷いた。
老人は面の下から彼を見ると、ゆっくりと口を開く。
「お主、儂のもとで修行を始めて何年経った?」
老人の問いに少年は少し首をかしげる。
何故今そんな質問をするのだろう?という疑問を顔に出しながら、少年は年数を指折り数えた。
「神通力に目覚めてすぐからだから……丁度10年くれーじゃねぇですか?」
少年の答えに老人は頷いた。
「そうだ。お主は儂のもとで10年の間、神通力の扱い方を学んだ。人に化ける法、物を浮かす法、火や風を操る法……他にも儂は多くのお主に術を教えた。恐らく基礎は充分身に付いた事だろう」
思いの外真剣な話に少年は背筋を伸ばし、次の言葉を待つ。
老人は少しの間口を閉じて少年を見ると、再びゆっくり口を開いた。
「それでもお主はまだまだ若造、20年生きるか否かのちっぽけなアヤカシじゃ。そんなお主に儂は基礎以上の事を教えることは出来ぬ。経験の無い者が力を持つ事程危うい事はないからの」
少年は一瞬悲しげに顔を歪めた。老人はそれには気付かぬ振りをして話を続ける。
「……だからの、儂はお主に経験を積ませるため、一つ課題を出そうと思う」
「課題……?」
老人の重い口調に、少年は緊張にぐっと喉に力を入れる。
老人は何処からか葉でできた大きな扇を取り出した。
「今からお主を此岸へ送る」
少年は大きく目を見開いた。突然すぎる老人の言葉に、少年は反射的に反論しようと口を開いた。しかし少年が言葉を発する前に、それを遮るかのように老人は言葉を紡いだ。
「人間界の霊山に人間達の小さな園がある。名は『忍術学園』。お主はそこに『人間として』入学し、人間達の学問を学び習得し、そして卒業せい。それが課題じゃ」
老人のその言葉に、反論することを忘れた少年は老人を見上げる。
少年の表情は驚きと不安と、そして恐怖に染まっていた。
老人はそんな少年を見ると、立ち上がり、少年のいる枝へと飛び移った。
「……そう不安げにするな。儂も実現不可能な課題など出しはせん。お主なら大丈夫じゃよ」
先程までとは打って変わった優しげな声で老人は少年を撫でる。
その優しさに、励ましの言葉に、少年は少しだけ安心したような表情を浮かべた。
「……爺がそう言うなら、俺やってみます」
少年がそう言うと、老人は満足そうに面の下で笑った。
「さあ、人に化けるのじゃ」
老人に言われ、少年は目を瞑った。少年の影が小さく揺らめいた直後、少年から生えていた耳と尾は消えていた。
その姿は人間の子供と変わり無い。
人間に化けた少年に老人は一つの荷を差し出した。
「ここに学費や生活に必要な金と道具は入っている。金は計画的に使うのじゃぞ。それもまた大切な経験じゃからの」
少年は頷いてそれを受け取った。老人は少年から少し離れると、持っていた扇を構える。
「忍術学園の門前までは儂が飛ばしてやる……頑張るのじゃぞ、『作兵衛』」
「はい!」
そうして幼いアヤカシは、忍術学園へやってきた。
[次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!