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novel
そうして私は貴方に出逢う


いつもの紅を脱ぎ捨てて、

愛らしく着物を着飾って、

綺麗に髪を整えて、


私は普通の女の子になる。



「それじゃあ魔界之先生、黒戸先生、いってきます」


先生達に挨拶をして、ドク玉忍者教室を出る。

黒戸先生からの『自分に似合う紅を買ってくる』という課題をこなすために一人で町へ向かう。


(いつもは四人だから寂しいな……)


しぶ鬼達は今日は一緒ではない。

ドクタケ忍者教室では、魔界之先生が教えられないという理由で女装の授業が行われないためである。


(確か乱太郎達忍術学園は女装の授業するのよね)

何回か授業で女装した乱太郎達一年生を町で見かけたことがある。

虎若や団蔵のように明らかに女装と分かる者から、きり丸や兵太夫のように女の子にしか見えない者まで様々だった。

(でも一年生に女装を教えてるのは……山田先生なのよね)


それを聞いたときは心底驚いた。

その後乱太郎達と付き合う内に、山田先生の女装癖を目の当たりにしたときは、もう一回驚いた。

(まさかあんなに男らしい先生にあんな一面があるなんて思わなかったわ……)



そうこうしているうちに山ぶ鬼は町まで辿り着く。

よく来る町のため、紅屋がどこにあるのかは把握していた。

横目も触れずまっすぐに向かうと、山ぶ鬼は店先に並ぶ紅を物色する。

「おやお嬢ちゃん、紅を買うのかい?」

紅屋の店主が山ぶ鬼に気付き話しかけた。

「まだお嬢ちゃんには早いんじゃない?」

しかし山ぶ鬼は首を振って微笑む。

「私にじゃなくて母上への贈り物を買うのよ」

店主は納得したように頷く。

店主の反応に山ぶ鬼は内心ほっとしながらどれが良いか考えた。


(あまりキツい色は駄目ね……似合わない……桃色は綺麗だけどちょっと浮きそうだし……)


様々な紅を手にとっては置いてを繰り返す。

中々決まらず、悶々と考えていると、唐突に目の前が陰った。

何だろうと後ろを振り返ると、そこには見覚えのある青年が立っていた。

誰だろうか思い出そうと記憶を探っていると、青年は並ぶ見本の中から一つの貝殻を手に取る。

「この色が良いんじゃないか?」

そう言って青年は山ぶ鬼に貝殻を渡した。

渡された貝殻を覗き込むと、そこには桃より淡い桜色の紅が乗っていた。

(……可愛い)

強くは主張せず、自然に主を引き立てるような、健康的な桜色。


「これにします」


気付けば、山ぶ鬼はそう言っていた。

そのまま会計を済ませ、青年の方を向く。

「ありがとうございました」

そう言うと、青年は首を振った。

「礼なんかいらない。それより、この後少し時間あるか?」

山ぶ鬼は首を傾げながらも頷く。

すると青年は笑って近くの茶屋を指差した。

「少しお茶に付き合ってくれないか?」



言われるままに山ぶ鬼は茶屋の暖簾をくぐった。
青年は団子を二つ注文する。


「ところで、俺の事分かるか?」


青年は机を挟んだ向かいに座ると山ぶ鬼に尋ねた。

山ぶ鬼はちょっと申し訳ないような顔をしながら首を振る。


「……見覚えはあるんですが……」

すみません、と山ぶ鬼は謝る。
しかし青年はそんな山ぶ鬼に笑って言った。

「まあ当然だろな。話したことは無いんだし」

そう言って青年は懐を探ると、一枚の布を出した。

「これを見たら分かるかな?」

その布は、やはり見覚えのある、深緑色の忍び頭巾。

「あっ……学園の人……!」

思わず大きな声が出そうになって慌てて山ぶ鬼は口をつぐむ。
青年は正解だと言って笑うと、頭巾をしまった。

「君はドクタケ教室の山ぶ鬼だろ?俺は六年は組用具委員会委員長の食満留三郎だ」

山ぶ鬼はそれを聞いて、少し昔の事を思い出した。

少し前、忍術学園にボートを借りに行ったときに、医務室で用具委員の面子に会ったことがあったのだ。

(……え、でも用具委員長って……)

山ぶ鬼はその時の詳細を思い出して固まった。

山ぶ鬼の記憶が正しければ、その時用具委員長らしき人は、医務室のど真ん中で会計委員長らしき人と掴み合いの大喧嘩をしていた。

二人ともボロボロの血塗れとなるまで止めず、最終的には鼻血を出すまで戦っていた。

それだけではなく、何かあるとすぐ目をつり上げ大声で怒鳴っていた印象があり、そんな凶暴な二人のうち一人が今目の前で爽やかに笑んでいる青年と同一人物という事に山ぶ鬼は戸惑いを隠せなかった。

「えっと……会計の人と掴み合いしてた先輩……ですよね……?」

恐る恐る確認をとると、留三郎は頷く。

しかしあの用具委員長本人だと確認が取れてもなお、山ぶ鬼は唖然としていた。


「どうかしたのか?」


その問いに首を振る余裕さえ、今の山ぶ鬼には存在しなかった。


「そういうことか」

山ぶ鬼から事情を聞いた留三郎は苦笑気味に笑った。

「文次郎のやつとは昔から反りが合わなくてな。すぐああやって取っ組み合いをしちまうんだよ。悪かったな、怖がらせて」

そう笑って言うと、山ぶ鬼は少し安心したように笑い返した。

根は優しい方のようだ。


それから二人は団子を食べながら談笑する。

「しんべヱとは昔海で餅食い競争をしたこともありますよ。まあ負けちゃいましたけど」

最も交流の深い一年は組の中でも、乱きりしんの三人とは度々顔を合わせるなかだった。
留三郎がしんべヱの直属の先輩ということもあり、彼の話に花が咲く。

「しんべヱの食べ物への執着は凄いからな。まあそこが可愛いんだが」

留三郎も笑って相槌を打ちながら団子を頬張る。

「ん、うまい。こんな美味い団子食ったのがしんべヱにバレたらきっと泣き付かれるな」

悪戯に笑ってそう言うと留三郎は奥で団子を作っている店主に委員会の土産用の団子を注文する。


そんな姿に、山ぶ鬼の中にあった留三郎への悪い印象は全て払拭されていた。



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あきゅろす。
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