大空と錬金術師
御馳走
綺麗に整備されたはずの機械鎧をさっそく土埃で汚し、数刻前に編まれたばかりの髪をぐしゃぐしゃにしたエドが裏口から工房に入る。4日ぶりに思い切り体を動かしたからか、エドはどこか満足げな表情をしていた。
アルとアームストロングもエドに続いて工房に入る。アームストロングは身嗜みを気にしてか前髪を櫛で整えていたが、やはり二人とも土埃で汚れていた。
「ばっちゃん、ハラ減った!!」
工房の後片付けをしていたピナコは、そんな三人をどこか呆れたような目で見る。
「夕飯にする前にお前達は一回風呂入って汗と泥落としておいで」
そこで改めて自分達の様子を見直したエドは、それもそうかと頭を掻いた。
エドとアームストロングが風呂から上がると、リビングには料理が並んでいた。席には既にアルが座っており、オイルを含ませた布で鎧の体に付いた汚れを拭き取っている。エドはそんなアルの隣に腰かけると、まだほんのり湿った髪を適当に三つ編みに編んだ。
「お、出てきたね」
キッチンからサラダを運んできたピナコがエドとアームストロングを見て笑う。ピナコの後ろからは、パンやローストビーフを運ぶツナと獄寺、ウィンリィが続いた。
「さ、食べようか」
全員が席に着いたのを確認すると、ピナコはそう言う。その言葉を合図に、それぞれが食事を始めた。
いつもよりだいぶ豪勢な料理をみんなで雑談しながら食べる。そんなとき、不意に先程の組手を思い出したツナがエドに尋ねた。
「そういえば、さっきの組手って作動確認なんだよね?それにしては激しすぎない?」
アームストロングの暴走を差し引いても、先程までの組手はかなり実践に近い、激しいものだった。そんなツナの問いにエドはパンを取りながら答える。
「まぁ作動確認兼鍛錬かな。俺達の師匠が『精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ』ってんでさ。こうやって日頃から鍛えておかないとならないわけよ」
ツナはエドの答えになるほど、と納得する一方、エドにも師匠がいた事実に驚く。その隣でウィンリィは羊肉の刺さったナイフを行儀悪くエドに向けた。
「それで暇さえあれば組手やってんの?そりゃ機械鎧もすぐ壊れるわよ」
呆れた、と言わんばかりの表情でウィンリィはため息をつく。
「まあこっちは儲かって良いけどね」
しかしウィンリィとは対照的にピナコは豪快に笑った。
一方アームストロングはナイフで切り分けたふかし芋を行儀よく口に運びながら頷く。
「ふむ、しかし正論であるな。健全な精神は鍛えぬかれた美しき肉体に宿るというもの。―――見よ!我輩の」「アル、そこのソース取って」
エドはYシャツを脱いで筋肉を盛り上げるアームストロングを無視してアルに話しかける。アルも何事もなかったかのようにエドにソースを渡した。二人ともこの三日間でアームストロングの暑苦しさに慣れたらしい。そんな二人の様子にツナは苦笑いを浮かべた。
「明日の朝イチの汽車で中央に行くよ」
エドがそう言うと、それを聞いたピナコは笑いながらやれやれと肩をすくめた。
「そうかい、またここも静かになるね」
そんなピナコにつられたようにエドも笑う。
「へへっ、元の体に戻ったらばっちゃんもウィンリィも用無しだな!」
「言ったね小僧!」
自分の分のご飯を食べ終えたデンがアルの膝の上に顎を乗せる。それに気付いたアルは机の上から小振りの焼き魚を取るとデンに与えた。
「だいたいあたし達整備士がいないと何も出来ないくせに、このちんくしゃは」
ウィンリィは笑いながらエドを指差す。エドはすぐに「ちんくしゃってなんだよ!!」と反論するが、アームストロングは「うむ、言いえて妙なり!」と笑いながら頷いた。
本当の家族のような気兼ねなさにツナも自然と笑みがこぼれる。
不意にウィンリィが何かに気づいたように「あ」と声をあげると獄寺を振り返る。
「ってことはハヤトも明日で行っちゃうのか」
あーあ、良い労働力だったのにー、と言いながらウィンリィは笑う。それまで黙って料理を咀嚼しといた獄寺は、食べ物を飲み込んで顔を上げた。
「ったく、小うるさいババアや小娘と離れられるなんて清々するぜ」
獄寺は口悪くそう言うが、ピナコもウィンリィも獄寺の暴言など気にした様子はない。獄寺自身も口ではそう言っているものの、彼の眉間のシワはいつもに比べてずっと浅い。
「あたしが恋しくなったらいつでも電話して良いんだからね」
あはは、と笑いながらそう言うウィンリィに獄寺は「誰がてめぇなんか」と言い返しつつ、ほんの少しだけ口角を上げた。
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