大空と錬金術師
心配
気が付くとツナは工房のソファに横たわっていた。
「……あれ?」
ツナは微妙に痛む体を擦りながらゆっくり起き上がる。物音に気付いたピナコがツナを振り向いた。
「おや、起きたのかい」
ツナはピナコに返事をしながら、何故自分は寝ていたのだろうかと首をかしげる。そんなツナにピナコは笑った。
「お前さんは気絶してたんだよ。少佐さんの熱い抱擁を受けてね」
その言葉にツナは気絶するまでの一連の流れを思い出す。鍛え上げられた筋肉に押し潰される感覚まで鮮明に思い出したツナは思わずひきつった表情を浮かべた。
(……圧死しなくてよかった……)
素手で薪を割れるその筋肉で締め上げられ、それでも生きていたという事実にツナは心から感謝する。
そんなことを思っていると、突然工房から外に通じる扉が開いた。
「薪割り終わりましたぞ、ピナコ殿」
そう言って敬礼をしながら工房に入ってきたのは、まごうことなきアームストロングだった。ツナは先程の恐怖を思い出してブルリと身震いをする。
「ああ、すまないね」
ピナコがお礼を言うと、アームストロングは「いえいえ」と首を振った。そしてすぐにソファに座るツナに気づくと、そちらへ歩み寄った。
「おお、ツナヨシ・サワダ!起きたのか!」
ツナはビクリと体を震わせると、ゆっくりアームストロングを見上げる。
「あれしきの事で気絶とは何と情けない!どれ、怪我が治ったら我輩が訓練をつけてやろう!!」
筋肉を盛らせつつ、真面目な顔でそう言うアームストロングに、ツナは顔を盛大にひきつらせた。
「いいです!大丈夫です!遠慮します!!」
ツナは全力で首を振って拒否するが、しかしアームストロングは引き下がらない。
「遠慮することはない!!」
そんなツナとアームストロングの様子にピナコはカッカと笑った。
「アンタ達は面白いね」
そう言ってニヤリと笑うピナコに、ツナは弱々しく「笑い事じゃないですよ……」と返した。
不意にアームストロングは何かに気付いたように顔をあげる。そして周りを見回して首をかしげた。
「そういえば……エドワード・エルリックの姿が見えませんな」
それに対してツナが「お母さんのお墓参りに行きましたよ」と答えると、アームストロングは呆れたような表情を浮かべた。
「一人で出歩くのは危険だと言っておるのに……」
そこでツナはアームストロングがついてきた理由を思い出す。一人で行かせたのは不味かっただろうかとツナは不安げな顔をしたが、しかしそんな心配をピナコは軽く笑い飛ばした。
「大丈夫だよ。優秀な護衛がついとる」
そう言ってピナコは作業を続ける。アームストロングはあまり納得してはいない様子だったが、それ以上騒ぎ立てることはしなかった。
少しの間工房にピナコの作業の音のみが響く。ピナコは機械鎧のネジを回しながら小さく口を開いた。
「少佐……あの子らは毎日平穏無事に過ごしているだろうか」
ツナはピナコの言葉に顔をあげる。作業をしながら話すピナコの表情はツナからは見えなかった。
「なんせこんな田舎だ。都会の情報はあまり入ってこないし、あの子らもあの子らで手紙の一つも寄越さないからあたしゃ心配でね」
そんなピナコにアームストロングは静かに口を開いた。
「“エルリック兄弟”……とりわけ兄の“鋼の錬金術師”と言えば中央でも名が通ってましてな。もっともそれゆえトラブルにも巻き込まれるようですが……大丈夫ですよ。あの兄弟は強い」
そう断言するアームストロングに同意するようにツナも頷く。
エドとアルとはそう長い月日を過ごしたわけではないが、二人は心においても身体においてもとても強いことをツナは知っていた。
そんな二人にピナコは手を止めると薄く笑う。
「強い……かい」
まるで遠い昔に思いを馳せるようにピナコは目を瞑った。
「……そうだね……四年前自分の腕と引き換えに弟の魂を錬成したときも、軍の狗となることを決めたときも、大人でさえ悲鳴をあげる機械鎧の手術に耐えたときも……あんな小さい身体のどこにあれほどの強さがあるのかと思ったよ」
ピナコは目を開くと止めていた手を動かし、機械鎧のコードを手に作業に戻る。
「そしてそこまで強いからこそどこかで何かの拍子に挫けてしまった時、立ち直れるだろうかと心配になる」
そう言うピナコの表情は平静そのものだったが、ツナにはピナコが心からエド達を心配していると言うのが伝わった。
アームストロングは腕を組んで背を壁に預ける。そして壁に飾ってある写真―――三人の子供達の成長が彩られた写真を見ながらゆったりと口を開いた。
「ピナコ殿にとっては孫みたいなものですか」
ピナコはアームストロングの問いに頷く。
「ああ。あの二人が生まれたときからずっと成長を見てきたよ。なんせあたしゃああの子らの父親とは昔っからの酒飲み仲間でね……奴め妻も子供も置いてこの街を出ていったきり今はどこをほっつき歩いてるのやら……生きてるか死んでいるかも分からん」
そう言ってピナコはため息を吐く。静かにピナコの話を聞いていたアームストロングは、ふと気付いたように口を開いた。
「父親と言えばウィンリィの両親は……?」
ピナコは悲しげに揺れる目を瞑り、首を降る。そして苦いものを吐き出すように言った。
「イシュヴァールの内乱で、死んだよ」
ツナは思わず目を見開く。ピナコは少し視線を下げると、言葉を続けた。
「あたしの息子夫婦……あの子の両親は外科医でね。医者の手が足りないってんで戦地に赴いた。そして巻き込まれた」
ツナはピナコの言葉に悲しげに顔を歪めた。アームストロングは窓の外を見やると少し目を細める。
「………ひどい……戦いでした」
そう言うアームストロングの言葉には実感がこもっており、ツナはアームストロングもイシュヴァールの戦争に参加したのだろうと悟った。窓の外を見続けるアームストロングの目はどこか遠く―――イシュヴァールの戦場を見ているようだった。
「ああ、ひどい戦いだった。だがその戦いで手足を失った人があたしら義肢装具師を必要としてくれている。……皮肉なものさ。戦で家族を失ったあたしらがその戦のおかげで飯にありついているのだからね」
そう言ってピナコは煙管を噛む。そんなピナコにアームストロングは視線を落とし、沈黙した。
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