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大空と錬金術師
壊す者

暗い空に向かってそびえ立つ時計台の下

冷たい雨粒が三人の少年を濡らしていた。


「兄さん」

俯いたまま表情の伺い知れぬエドは、アルの呼び掛けに弱々しく返事をした。

「なんだかもういっぱいいっぱいでさ、何から考えて良いかわかんねーや」

普段の大人っぽさや生意気さからは遠くかけ離れた、エドの弱音。滅多に見せることのない年相応なそれをアルとツナは静かに聞いている。

「……昨日の夜から俺達の信じる錬金術って何だろう……ってずっと考えてた」

「……『錬金術とは物質の内に存在する流れを知り分解し再構築すること』」

それは、ツナが二人に錬金術の概念を教えてもらったときに最初に言われた言葉。そんなアルの教科書のような隙のない答えにエドも続く。

「『この世界も法則に従って流れ循環している。人が死ぬのもその流れのうち』『流れを受け入れろ』師匠にくどいくらい言われたっけな。わかってるつもりだった。でもわかってなかったらあの時……母さんを……そして今もどうにもならないことをどうにか出来ないかを考えている」

エドはそう言って眉間にシワを寄せながら膝を抱えた。

「俺はバカだ。あの時から少しも成長しちゃいない」

そんなエドに、ツナは何も声をかけられなかった。ツナもまた、どうにもならないことをどうにか出来ないかと考えてしまったからだ。

(……頭では分かってるのに……)


死ぬ気弾や憑依弾で自分や骸が復活出来たのは、本当に死んだ訳じゃないからだ。

未来でアルコバレーノ達が復活出来たのだって、彼等が『仮死状態』だったのと、命を全て燃やしてユニが彼等に炎を与えたのがあったからだ。

本当の死者が『復活』することはあり得ない。


分かっているのに、それを納得しない自分がいた。

ニーナを復活させる方法がどこかにあるんじゃないのかと訴える自分がツナの中にいた。

(……無理だって……どうしようもないって分かってるんだよ……)

やるせない気分になり、ツナは膝の間に顔を埋めた。

対照的にエドは真っ黒な雨雲に覆われた空を仰ぐ。

「外に出れば雨と一緒に心の中のもやもやした物も少しは流れるかなと思ったけど……顔に当たる一粒すら今は鬱陶しいや」

そんなエドにアルは自分の手のひら―――鎧の手を見つめる。

「でも……肉体がない僕には雨が肌を打つ感覚もない。それはやっぱり淋しいし辛い」

見つめていた手のひらをアルは強く握り締める。

「兄さん僕はやっぱり元の身体に……人間に戻りたい。例えそれが世の流れに逆らうどうにもならないことだとしても」

ツナはアルを見上げた。

表情の表れない鎧だったが、その瞳に強い光が宿っているのが分かった。


「あ、いたいた!エドワードさん!エドワード・エルリックさん!」


突然降りかかってきた知らぬ声に三人は顔をあげる。

「ああ、無事で良かった!探しましたよ!」

声をかけてきたのは憲兵の男で、どうやらエドを探していたようだった。

「何?俺に用事?」

尋ねるエドに憲兵は頷く。

「至急本部へ戻るように、とのことです。実は連続殺人犯がこの……」

ふとツナは憲兵の背後に、一人の男―――昨日ぶつかった男が立っているのに気付いた。

エドもそれに気づいて男を見上げる。


―――刹那、ツナの頭に警報が鳴り響く


男はエドを見下ろしながら口を開いた。

「エドワード・エルリック……」

憲兵も男の存在に気がついて後ろを振り返った。

警報が一段と大きくなる。



「国家錬金術師!!」



瞬間、憲兵は何かに気付いて目を見開いた。

「額に傷の……!」

瞬時に銃を抜いて男に向ける。


「よせ!!」


男の得体の知れない威圧感を感じていたエドが大声で制止する。

それと同時にエドの横から何かが飛び出した。

「があっ!」

「ぐっ!」

何かが弾ける音と共に、二人分の呻き声が響く。

エドが声がした方を見ると、そこには肩口の辺りを押さえている憲兵と、それに覆い被さっているツナが男の足元に横たわっていた。少し離れたところには、憲兵のものと思われる腕がゴロリと転がっている。


(おいおい、今の……!)


ツナが庇っていなかったら腕一本じゃ済まなかったことを瞬時に悟ったエドは、血の気が引いていくのを感じる。

(……なんなんだコイツは!やばい!やばい!!やばい!!!身体の芯が『逃げろ』って悲鳴上げてんのに足が動かねえ……!!)

男は戦力的に無力化できたからか、憲兵に止めを刺そうとはしなかった。

ただ、射るような目でエドを睨み付けている。


一歩、一歩と男は兄弟に近付いた。


しかしエドもアルも威圧されてしまい、指一本動かせない。

嫌な汗が全身から溢れ、伝っていく。


(ダメだ……!死ぬ!!)


エドは己の死を悟った―――その時


「エド!!アル!!」


男の背後で、あらんかぎりの大声でツナは叫んだ。

その大声により、エドはいつの間にか止まっていた息を取り戻す。

同時に威圧感に奪われていた自由も取り戻した。

「……っアル!ツナ!逃げろ!!」


エドは素早く身を屈めると、全速力で走り出す。

アルとツナもそれと同時に走り出した。

「……逃がさん!」

男も三人を追いかけ、走り出す。


「畜生!!なんだってんだ!!人に恨みを買うようなことは…………いっぱいしてるけど…………命狙われるスジはねえぞ!!」

明らかにターゲットとされているエドは大声で喚きながら走る。

「兄さん!ツナ!こっち!」

アルは路地の方へ二人を呼んだ。二人はそれについて路地へ入る。

「こんな路地に入ってどうすんだよ!?」

アルに怒鳴るエドをアルは制しながら地面に素早く錬成陣を描く。


アルが陣に手をつくと、路地の入口が錬金術によって塞がれた。

「これなら追ってこれないだろ?」

「おお!」

エドは感心したように錬金術で作られた壁を見上げる。

しかし対照的にツナは鳴り止まない警報に、まだ油断してはいけないと気を張り巡らせていた。


そして、憲兵の腕がやられたときと同じ音をツナの鼓膜が捉える。


「二人とも!そこから離れて!!」

ツナは二人の腕を掴んで路地の奥へ引き込む。それとほぼ同時に、壁が中心から弾け飛んだ。

エドは顔を真っ青にさせて男を見やる。

男は壁を壊してできた瓦礫を乗り越え、こちらに近付いてきた。

悲鳴に近い叫び声を上げながら、大慌てで三人は男と反対方向へ逃げる。


しかし、今度の逃走は叶わなかった。

男は路地の壁に手をつき、破壊することで三人の逃走経路を塞いだ。


「……冗談だろ……?」

あまりのことに唖然としてエドが呟き、男の方を振り返った。

ツナは戦闘は避けられないことを悟り、死ぬ気丸を握る。

同様に兄弟もいつでも戦闘に入れるよう身体を構える。

「あんた何者だ?なんで俺達を狙う?」

エドは隙を作らないように男を睨み付けながら尋ねた。


「貴様ら『創る者』がいれば、『壊す者』もいるということだ」

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