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大空と錬金術師
暗躍


とある教団の建物で

黒い衣服に身を包む一組の男女が

町を見下ろしていた。



「ご覧なさいグラトニー」

黒髪の美女が言った。

「人間はどうしようもなく愚かだわ」

「おろか、おろか」

美女の隣の太った小男は、彼女の言葉を繰り返す。

二人の視線の先にある町はあちこちから煙が上がり、怒鳴り声や叫び声が響いている。

「ああ、まったくだ」

二人の背後にある階段を、一人の老人が上ってきた。
彼の衣服は宗教者の着るそれであり、上質の布地から彼がそれなりの地位にいることがわかる。

老人は目尻の皺を深くすると、口の端を上げた。

「こうもうまくいくとその愚かさも清々しくさえあるな」

その老人のことを、女性は『教主様』と呼んだ。

「悪いわね。手を煩わせちゃって」

「ああ、これが終わったらさっさと受け持ちの街に帰らせてもらうからな」

教主である立場の老人に気軽に話しかける女性。

しかし老人もさして気にするようすもなく、女性の言葉に相槌を打つ。

「本当に……鋼の坊やにジャマされた時はどうしようかと思ったけど……結果として予定より早く仕事が終わりそうで助かっちゃったわ」

そう言う女性に教主も笑う。

「ふふ……それにしてもあんたがちょっと情報操作してわしが教団の者共を煽ってやっただけでこの有り様だ。まったくもって単純だよ、人間ってやつらは」

そこで教主は一旦切り、切られた言葉を女性が引き継いだ。

「流血は流血を、憎悪は憎悪を呼び、膨れ上がった強大なエネルギーはこの地に根を下ろし血の紋を刻む……何度繰り返しても学ぶことを知らない、人間は愚かで悲しい生き物だわ」

「だから我々の思う壺なのだろう?」

とても教主とは思えないほど悪どい笑みを浮かべる老人の言葉に、女性も口角を上げて笑う。

そんな二人を見上げ、グラトニーと呼ばれた小男は口を開いた。

「また人がいっぱい死ぬ?」

「そうね死ぬわね」

舌足らずなグラトニーの問いに女性は頷いた。

「死んだの全部食べて良い?」

「食べちゃダメ」

小さい子を諭すように女性は言うと、グラトニーの頭に手を置いた。


「ところでエンヴィー、いつまでその口調と格好でいるつもり?気持ち悪いわね」


女性がそう言うと、教主は楽しげに笑った。


「やだなあ、ノリだよノリ」

突然口調を変えてそう言う教主の体は青白い電流に包まれる。

錬金術で物の姿を変えるのと同じ様に教主の姿が変わっていく。


「でもどうせ変身するならさあ、やっぱりムサイじいさんより―――こういう若くて可愛い方が良いよね」


そう言ったのは、先程まで教主の姿をしていた、しかし今となっては教主の面影は全くない一人の少年だった。


「中身は仲間内で一番えげつない性格だけどね」

女性はそう言って楽しそうに笑う。

「喧嘩売ってんの、ラストおばはん」

エンヴィーと呼ばれた少年は女性の言葉に眉間に皺を寄せた。


「ばっ……化け物……!!」


突如大きな声が三人に降り注いだ。

三人が振り返ると、教主の姿をしたエンヴィーが上ってきた階段の前に教主の側近の男が立っていた。

「どういうことだ……教主は……本物のコーネロ教主はどこへ行った!?なんなんだお前達は!!」

教主と信じていた男が偽物だった事実に動揺した男は、驚愕の表情で大声を上げる。

そんな男の様子にエンヴィーとラストは顔を見合わせる。

「化け物だってさ、失礼しちゃうよね」

エンヴィーが眉間に皺を寄せて男を睨んでいると、それまでずっと大人しかったグラトニーが口を開いた。


「食べていい?」


エンヴィーとラストがグラトニーの方へ目をやると、グラトニーはヨダレをたらしながら笑っていた。



「そういえばさあ、あの少年どうすんの?」

グラトニーの『食事』の音が響く中、エンヴィーはラストに声をかける。

「ああ、あの不思議な子?」

ラストも思い出すように目線を上に上げた。


それは少し前に起きた出来事。

突然リオールに現れたその少年は、先程の側近のようにたまたまエンヴィーの『変身』を目撃してしまい、ラストと戦闘になった。

ラストと互角に渡り合っていた少年だったが、その戦闘はエンヴィーが参加したことで、少年の敗北という形で決着がつけられた。

いつもならばその場で殺してしまうところであったが、少年の操っていた力が錬金術とは全く異なるものであると気付いた二人は、殺して良いものかと悩み、一旦教団の地下牢に入れておくことに決定した。


「錬金術とは違う力を操るイレギュラーな少年……とりあえずは生け捕りにしたけど……なんかもういっそ殺しちゃった方が早くない?」

面倒臭くなったエンヴィーがそう言うと、ラストは目を瞑って首を振った。

「確かに不確定要素は消すに限る……けれどあの少年が何者か、どこから来たのかを確かめる方が先よ。今、その為の唯一の手がかりを消すわけにはいかないわ」

ラストがそう言うと、エンヴィーはふうん、と気のない返事をした。

「まあいいや。あの少年のことはラストに任せるよ。……ところで、イーストシティのショウ・タッカーが殺されたって知ってる?」

エンヴィーは柵に寄りかかりながらラストを見上げる。

「タッカー……ああ、綴命の錬金術師」

ラストは興味なさげに相槌を打つ。

「いいじゃないの、別にあんな雑魚錬金術師」

「タッカーの事はいいんだけどさ……また例の“奴”なんだよね」

エンヴィーが“奴”と言った瞬間、ラストは目の色を変えた。

「イーストシティって言ったら焔の大佐がいたかしら」

「そ。ついでに鋼のおチビさんも滞在中らしいよ」

「鋼の……私達の仕事を邪魔してくれたのは腹が立つけど、死なせるわけにはいかないわね」


「大事な人柱だし」


そんな二人のもとに、食事を終えたグラトニーが駆け寄っていく。

ラストは小男に口の周りを綺麗にするように言いながら、エンヴィーに話しかける。

「あの少年といい……どこの誰だか知らないけど、予定外の事されちゃ困るのよね。分かったわ、この街も粗方ケリがついたし、そっちは私達が見ておきましょう」

そう言ってラストはエンヴィーと二三言葉を交わし、グラトニーと共に街を出る準備をしにその場を離れた。


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