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大空と錬金術師
中央市内研究施設

ブロッシュがホテルの受付から借りて来た地図を机の上に広げる。

「軍の下にある錬金術研究所は中央市内に現在4か所。その内ドクター・マルコーが所属していたのは第三研究所」

アームストロングが地図を指で辿りながら説明をする。

「じゃあそこが一番怪しいね」

ツナがそう言えば、しかしエドは腑に落ちないような顔で首を傾げた。

「うーん……市内の研究書は俺が国家資格取ってすぐに全部回ってみたけど、ここはそんなに大した研究やってなかったような……」

そうして地図に滑らせていたエドの目が、不意に一点で止まる。

「これ……何の建物だろう?」

それは民間施設にしては敷地の広い、しかし名称の書き記されていない建物だった。ロスは手元の詳細地図をパラパラとめくる。

「そこは第五研究所と呼ばれていた建物ですが、現在は使用されていないただの廃屋です。崩壊の危険性があるため立ち入り禁止となっていたはずですが」
「「これだ」」

2人の声が重なる。声を発したのはエドと獄寺だった。二人は驚いたようにお互いに顔を見合わせる。

「え、何の確証があって?」

ブロッシュの疑問に、先に応えたのはエドだった。エドは隣の建物を指さす。

「隣に刑務所がある。賢者の石を作るために生きた人間が材料として必要、ってことは材料調達の場がいるって事だ。確か死刑囚ってのは処刑後も遺族に遺体は返されないだろ? 表向きは刑務所内の絞首台で死んだことにしておいて生きたままこっそり研究書へ移動させる。そこで賢者の石の実験に使われる……そうすると刑務所の近くの建物が一番怪しいって考えられないか?」

エドの説明に、ロスとブロッシュは顔を顰める。人間が材料、という事をますます実感したのだろう。説明しているエドも少し顔を引き攣らせており、嫌悪感が隠しきれていなかった。

「刑務所がらみって事はやはり政府も一枚かんでいるって事ですかね」
「一枚かんでるのが刑務所の所長レベルか政府レベルかは分からないけどね」
「多分刑務所の所長……よりはもっと上の人間が噛んでると思うぜ」

そこに獄寺が口を挟む。

「そもそもここはこの国の首都なんだろ? そんな都心部でこんなデカい廃屋を崩壊直前まで放置するってのが、ナンセンスだ。建て替えて倉庫にしちまった方がよっぽど有益だぜ。国家錬金術師に多額の研究費を与えて、好きに研究させる余裕のあるこの国の軍部が、建物一棟の建て替え費用がないとは言わせねえ。……っつう事は、建物を解体されて見られたら不味い様な何かがあるかもしれないって事で、そうなると相手は国有地や建築物の活用に口を出せる地位って事だ」
「な、なるほど……」

獄寺の見解にブロッシュが一気に青ざめた顔でぎこちなく頷く。隣に立つロスの顔色も悪い。それもそうだ。獄寺の言う通りなら相手は少なくとも二人よりずっと上の立場の人物だ。

「何だかとんでもない事に首を突っ込んでしまった気がするんですが」
「だから聞かなかったことにしろって言ったでしょう」

アルの呆れた声に今更ながら後悔の念の押し寄せたらしい二人が項垂れた。

「うむ、しかし現時点ではあくまでも推測で語っているに過ぎん。研究に国は関係なく、この研究機関が独自でやっていた事かもしれんし、廃屋のままなのは単に、研究所以外の使用意図では使うに便が悪いだけなのかもしれん。この辺りは道が入り組んでいるからな」
「うん、そうだね」

本気で気を落としている二人を気遣ってか、アームストロングが楽観的な意見を口にする。それにエドも頷いて同調した。

「上が能無しって可能性も捨てきれねえしな」
「ご、獄寺君……!」

軍部の人間ばかりのこの場でのあえて空気を読まない獄寺の言い様にツナが慌てるが、アームストロングは気にした様子もなく「軍の無能を望むのは初めての経験だ」と苦笑した。

しかし楽観的にばかり考えていても物事は好転しない。アルは気を取り直したように地図に再び目を落とす。

「この研究機関の責任者は?」

そう言うとアームストロングが少し眉間を寄せ、腕を組みなおした。

「名目上は“鉄血の錬金術師”バスク・グラン准将という事になっていたぞ」
「そのグラン准将にカマをかけてみるとか」

浮上した手がかりにすぐさまエドは食いつくが、全てを言う前にアームストロングが首を振った。

「無駄だ―――先日傷の男に殺害されている」

突如上がった思わぬ名前に、ツナが息を呑む。獄寺もまた、話でだけ聞いた『十代目を襲った殺人鬼』の名前に双眸を大きく開いた。アームストロングは一瞬そんな二人の様子を見たが、構わずに話を続ける。

「傷の男には軍上層部に所属する国家錬金術師を何人か殺された。その殺された中に真実を知る者がいたかもしれん。しかし本当にこの研究にグラン准将以上の軍上層部が関わっているとなるとややこしい事になるのは必至。そちらは我輩が探りを入れて後で報告をしよう」

言いながらアームストロングは広げていた地図を丸め、資料を手早く片付けると立ち上がった。

「それまで少尉と軍曹はこの事は他言無用! エルリック兄弟も大人しくしているのだぞ!!」
「「ええ!?」」

一瞬にして部屋が沈黙で静まり返る。

もちろん抗議の声を上げたのはエドとアルだった。声は意図せず上げてしまったらしく、二人の顔にはありありと「しまった」と書かれている。

「……」
「……」

エドとアル、そしてアームストロングの三名が、数秒の間無言のまま見つめ合う。
最初に沈黙を破ったのは、アームストロングの唸る筋肉だった。

「むう!! さてはお前達!! この建物に忍び込んで中を調べようと思っておったな!?」

アームストロングの言葉にエドとアルはぎくりと肩を震わせる。もう何をしても図星であることを示すだけで、二人は完全に度ツボにはまっていた。
アームストロングは怒りに筋肉をたぎらせエドに詰め寄る。

「ならんぞ!! 元の身体に戻る方法があるかもしれんとは言え子供がそのような危険なことをしてはならん!!」
「そうだよ危ないよ二人とも! ここはアームストロングさんに任せるべきだと思うよ」

にじり寄る筋肉から逃れようと後ずさりするエドに、ツナが背後から退路を断った。ツナの目からも、事が明らかに自分たち子供の領分を超えていることが分かった。

「分かった、分かったよ」

アームストロングの筋肉に圧倒されたのかツナの裏切りに観念したのかエドはすぐに白旗を上げた。

「危ない事はしないよ」
「僕達少佐の報告を大人しく待ちます」

2人の聞き分けた言葉に、分かったのならと頷いたアームストロングはブロッシュとロスを連れて部屋を出て行った。
去り際「ゆっくり休むのだぞ」と4人に声をかけ、アームストロングはノブの壊れたドアを閉めて行った。

「嵐、というか筋肉が去った……」

心底ほっとした様子でエドが呟く。どっと疲れたね、とアルも苦笑した。

「ってかツナもハヤトも休んでたのに悪かったな」
「ああホントにな」
「いやいや別に俺達は大丈夫だよ!」

息をするように悪態を吐く獄寺の言葉にかぶせる様にツナが首を振る。しかし思ってもみなかった展開に、疲れたことは確かだった。

「夜も遅いし、俺達ももう部屋に戻るよ。アームストロングさんの言う通り、二人もちゃんと休みなよ」

最後に念を押すツナに「分かってるって」とエドが頷く。それを見届けたツナは獄寺と兄弟の部屋を後にした。

ホテルの廊下に出ると、獄寺は心配そうに眉を下げた。

「十代目、先ほどからお顔が優れないようですが……お身体の調子でも悪いんですか?」

他の面子がいる時に言わなかったのは、身の内の弱みを見せまいとする獄寺の習性からだろう。

ツナはそんな獄寺をこれ以上心配させないように笑って首を振る。

「別にそう言うわけじゃないよ。ただ……賢者の石に近づく度に、超直感が何かを訴えてくるんだ。何か……すごく嫌な予感を」

初めはマルコーの時。あれは『人間が材料である』という残酷な現実に対する警報なのだと思っていた。しかし、再び超直感は警報を鳴らしている。エドはマルコーの言葉に希望を見出したようだが、ツナにはその裏に恐ろしい絶望が隠されている気がしてならなかった。

ツナの超直感の正体は人の心を機敏に察する観察力だ。だと言うならば、この“予感”はあの言葉をエドに授けたマルコーの内のものなのではなかろうか。

不意に、獄寺が隣にいない事に気が付いた。すでにツナはドアを開けて部屋へと入ったというのに、しかし獄寺は開いたドアの前に立ったまま部屋へ入ってこなかった。

「―――獄寺君?」

呼びかければ、獄寺はいつの間にか出した煙草の箱を手の中で少し弄ると、困ったように顔を上げた。

「すんません十代目、どうやらタバコが切れちまったみたいで……ちょっとそこまで買ってきてもいいっすか?」

そう言って獄寺は苦笑いで煙草の箱を振る。獄寺の言う通り、箱からは音がしない。

「ああ、うん、分かった。行ってらっしゃい」

それを特に気にすることなくツナは了承した。傷の男に狙われているのは国家錬金術師で、獄寺には特に危険はなかったし、向こうの世界にいた時もこんなことは日常茶飯事だった。だから、ちょっとコンビニへ買い物に行く程度の気持ちで送り出した。



コンビニのないこの世界に、こんな夜遅くに煙草を買える店があるわけがない。それに気が付いた時には、獄寺が出てから20分が経過していた。


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