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大空と錬金術師
それぞれ

エドの言葉に誰もが口をつぐんだ。部屋は一瞬にして静寂に包まれる。言った本人であるエドも口元を手で覆い、額に脂汗を浮かべていた。

「確かにこれは知らない方が幸せだったかもしれないな。この資料が正しければ賢者の石の材料は生きた人間……しかも石を1個精製するのに複数の犠牲が必要って事だ……!」

ツナはエドの言葉を頭の中で反復する。しかしそれらの言葉は脳の表層を撫でるだけでするりと流れていった。エドの言っている意味が、理解できなかった。

「そんな非人道的な事が軍の機関で行われているなんて……」

「許されることじゃないでしょう!」

ブロッシュとロスが信じられない、と言った声色で声を上げる。その声に一瞬エドは目を見開き、そして少し考えるように俯いた。

「……ロス少尉、ブロッシュ軍曹、この事は誰にも言わないでおいてくれないか」

それを聞いたブロッシュがすぐさま反論をしようと口を開くが、それを遮りエドは2人に深く頭を下げる。

「たのむ。たのむから、聞かなかったことにしといてくれよ」

エドの言葉にどんな意味があったのか、どんな気持ちを込めていたのか、ツナには分からない。静かに頭を下げるエドに、ロスとブロッシュがしぶしぶ頷く姿を、ただ眺めている事しかできなかった。



所変わって、イーストシティの街はずれ。その一角がたった一晩で凄惨な姿と化していた。広範囲の地下水路が崩れ、その上に昨日まであった遊歩道が倒壊している。崩れた瓦礫で地下水路は埋まり、ひしゃげたパイプからは水が吹き出し、瓦礫を濡らしていた。幸いにも倒壊は夜中に起きたらしく、街はずれだったこともあり怪我人や死人の報告は未だ上がっていなかった。

「ガス爆発か?」

「分からん。テロかもしれん」

たった1日で変わり果ててしまった街の景観に、憲兵たちは様々な憶測を噂する。しかし治安の悪いイーストシティでは街中で爆発が起きることもままあり、それほど動揺する者もいなかった。日常の中に起きたほんの少し物騒な非日常。しばらくの間この区域が立ち入り禁止となり、憲兵の夜中の見回りが増える。事件性があるのなら犯人を捜し出して逮捕する。いつもならそれで片がつくはずだった。

一人の憲兵が、血にまみれた白のジャンパーを見つけなければ。


国家錬金術師連続殺害事件の指名手配犯スカーの衣服の一部が見つかったとあり、いつもであれば司令部から指示を飛ばす立場のマスタングも、現場に出てきていた。

「死体は出たか?」

マスタングが直属の部下であるハボックに問いかけるが、ハボックは渋い顔で首を振る。

「捜索はしていますが、あの瓦礫の下を全部確認するとなると何週間かかるやら」

スカーの服を確認していたリザはその大量に付着した血痕に「どの道この出血量では無事ではいないでしょうけれど……」と意見を述べる。彼女の言葉にマスタングは少し考え、そして頭を振った。

「奴の死亡を確認するまで油断は出来ん」

そう言い、ハボック少尉に指示を与えて行く。

「奴の死体をこの目で見るまで私は落ち着いてデートもできんのだ」


そんな彼らを見つめる黒い影が2つ。グラトニーとラスト。二人は2つ3つ言葉を交わした後、ラストはグラトニーを残し、その場を立ち去った。彼女の『お父様』の待つ中央へと戻るために。


所戻って中央。しかしそこはツナ達の生活する場所のずっと下、地下の深く。ラストとグラトニーの仲間であるエンヴィーが、食事の乗ったプレートを運んでいた。

「飼うなら自分で世話しろってんだよね、あのおばさん」

一人でブツブツと文句を言いながら彼は数々の監禁部屋の中から、目的の部屋の前で止まる。鉄格子の付いた扉を片手で器用に開けると、するりと中へ入った。

「やあ坊や、おっ死んだ?」

「いやぁ、生きてるっすよ」

監禁部屋に閉じ込められているとは思えないほどの爽やかな声で返事をしたのは、地上でツナと獄寺が懸命に探す、山本その人だった。山本は足首を鎖でベッドの脚に繋がれ、地下に監禁されていた。山本は鎖が絡まぬよう慣れた足取りでエンヴィーに近づき、夕食のプレートを受け取る。

「お、肉だ!」

嬉しそうに部屋の中央にある机まで運ぶと、椅子に座り、律儀に手を合わせる。

「いただきますっ」

エンヴィーはベッドに腰掛けながら、そんな山本の様子を呆れたように見つめる。

「坊やさあ、自分の状況分かってんの?」

「うーん、多分よく分かってないのな〜」

ははっ、と笑いながら肉を口に詰める山本に、エンヴィーは盛大にため息を吐く。

「俺達が坊やを監禁してるのは、坊やのその奇妙な青い炎の事を聞きたいから。つまり、それを喋らなきゃ坊やに自由はないわけ。ここまで良い?」

「オッケーっすよ」

食事を続けながら山本は頷く。

「じゃあさ、いい加減喋ってくれない?その炎の秘密」

「そうは言っても俺、大体の事は説明したんすけど」

苛立った様子のエンヴィーに、山本は困ったように頬を掻く。

「青い炎の名前は『死ぬ気の炎』って言って、俺の気持ちが、こう、ギュアアアアアアって決まると燃えるんすよ。気持ちが固まってるほど綺麗に燃えて、それで強くなった次郎と小次郎が、俺が闘ってる時に助けてくれるんすよ」

「説明する気ある?」

まずジローとコジロー誰だよ……とエンヴィーは項垂れる。これが巷に聞く『天然』と言うやつなのだろうか。そうであれば、数々の相手を手玉に取ってきた自分でも、情報を引き出せる気がしない、とエンヴィーは顔を顰める。

「……じゃあさ、坊や、顔立ちは東の『シン国』によく似てるけど、出身はどこなのさ」

「日本の東京。『並盛』っすよ」

長く生きたエンヴィーですら聞いたことのない土地名に、これも天然か、それともデタラメか?と考えながらエンヴィーは質問を続ける。

「じゃあリオールまではどうやって来たの」

「あ、あそこリオールって言うんすね!なんか光にビカッと包まれたと思ったら、気付いた時にはあの街にいたんすよ」

不思議なのな〜と笑いながらハチャメチャな答えを言う山本のその目は全く濁っていない。嘘ではなく、本気で言っている時の人間の目をしていた。

「坊やと話してると頭おかしくなりそう」

エンヴィーは疲れたようにそう言うと、山本の食べ終えたプレートを手に監禁部屋を出て行った。




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あきゅろす。
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