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大空と錬金術師
彼女の一歩

さてそろそろ本当に帰ろうか、とシェスカが荷物を手に取った時、扉が勢い良く開かれた。敵襲かと誰もが身構え、扉を振り返る。しかしそこに立っていたのはヒューズだった。

「よっ」

少し間の抜けた顔で笑いながら片手を上げるヒューズに兄弟とツナは肩の力を抜く。年少組の中で初対面の獄寺だけは顔をしかめ、ヒューズを睨み上げていた。一方ロスとブロッシュは来訪人がヒューズと分かると、背筋を伸ばして硬い表情で敬礼した。

(そっか、ヒューズさんて偉い人なんだ)

軍の階級のどれがどれだけ偉いのか実感のないツナは、そんな2人の態度でヒューズの地位を察す。

「少佐に聞いたぞ。なんだよお前ら中央に来たら声かけろって言ったのによ」

「いやあ急ぎの用があってさ」

しかし相変わらず上官に対する礼儀もへったくれもなくタメ口で話すエドに、ロスとブロッシュは信じられないものを見るかのような視線を送る。常識外れな人見てると、こっちの胃が痛くなりますよね、心中お察しします、とツナは心の中で手を合わせた。

「お、新顔だな。銀髪ってことは、もしかして綱吉の仲間か?」

獄寺の存在に気付いたヒューズはツナに笑いかける。

「はい。エドの故郷に偶然いて、合流できました」

それを聞いたヒューズは眼鏡の奥の目をくしゃりと細め、「良かったな!」とツナの頭をぐりぐりと撫でまわした。

「10代目に気安く触ってんじゃねーよ、オッサン!」

吠える獄寺にツナはオロオロとするが、ヒューズは全く気にしていない様子で「おおっ、活きが良いな!!」と快活に笑った。しかしその目の下にはくっきりと隈ができていて、体全体から疲労がにじみ出ている。

「何だか忙しそうですね」

前回会った時とは大きく異なるヒューズの疲労感に気付いたツナがそう言うと、ヒューズは少し困ったように苦笑いした。

「実は最近事件やら何やら多くてなあ。俺のいる軍法会議所もてんてこ舞いだ。タッカーの合成獣事件もまだ片付いてないし……」

ヒューズの言葉に、イーストシティでの悲しい事件の光景が脳裏を過る。エドとアルも同じだったようで、それぞれ辛そうに俯いた。

「……すまねぇ、嫌なこと思い出させちまった」

3人の様子に気づいたヒューズが謝る。ツナはヒューズを気遣わせないように首を振るが、その表情は曇っていて、とても大丈夫そうには見えなかった。そんなツナの様子に、獄寺もまた、顔を曇らせる。

(……右腕でありながら、この方が苦しい時にお側にいられなかった……こんなんじゃ右腕失格だ)

「仕事が忙しい中わざわざ会いに来てくれたんですが?」

アルが申し訳なさそうに聞くとヒューズは笑って首を振った。

「いや、息抜きついでだ、気にすんな。すぐに持ち場に戻る」

しかし「戻る」と言ったことで仕事の現状を思い出したのか、ヒューズの顔が暗くなった。

「まったく、ただでさえ忙しいところに第一分館も丸焼けになっちまってやってらんねーよ」

非常に聞き覚えのある単語にエドが「第一分館?」とオウム返しする。

「ああ、軍法会議所に近いってんで、あそこの書庫にゃあ過去の事件の記録やら名簿やら保管してたからよ、業務に差支えて大変だよ」

はぁー、と深いため息を吐き、本当に困り果てた様子のヒューズに、自然とタイミングを失い未だ帰りそびれているシェスカにエド達の視線が集まったのは仕方がない事だった。



「えーーーー!?私!!?」

この人一度読んだ本の内容を完璧に覚えられる上に、最近まで第一分館で働いてたんですよー、というエドの言葉を皮切りに、あとはトントン拍子だった。

「た、確かに軍の刑事記録も読んで覚えてますけど……」

「刑事記録読んだの!?」

「どうだろう中佐、この人働き口探してんだけど」

「え?この嬢ちゃんそんなすごい特技持ってんのかよ!?そりゃ助かる!!よっしゃ、今から手続きだ!!軍法会議所は給料良いぞ!!」

「っていうか本人の意思は!?」

「ええ、そんな、あの、本当に!?えっと、よろしくお願いします?」

「あ、良いんだ?え、良いよね!?良いんだよね、これ!!?」

さっきまでのため息が嘘の様に嬉しそうに帰り支度するヒューズに腕を引かれながら、それでもシェスカは振り返ってエド達を見た。

「あ、あの……皆様方!ありがとう!私、自信持って頑張ってみます!本当に……ありがとう!!」

そう言う彼女の目は初めて会った時とは違っていた。それに気づいたツナは平静を取り戻す。

「シェスカさんなら、大丈夫ですよ」

ツナに言葉にエドとアルもうんうんと頷く。

「あんた、適任だと思うぜ」

「頑張ってね、シェスカ」

兄弟は親指を立て、ヒューズに引きずられゆくシェスカを見送る。シェスカは部屋を出てからも涙声で「ありがとう!ありがとう!」と繰り返していた。

「まるで人さらいだな、あのオッサンは」

シェスカの涙声とヒューズの笑い声が聞こえなくなった後、苦笑いしながらエドが呟く。まるで怒涛の嵐が過ぎ去ったような気分だった。

「『何かに一生懸命になれることはそれだけで才能』か、言うねえ弟よ」

シェスカを励ました言葉を反復し、エドはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら弟を振り返る。

「どっかの誰かさんを見てるとね、心の底からそう思うよ」

肩をすくめるアルに、エドは「仕方ねえなあ」とだらけた背筋を伸ばし、ペンを手に取る。

「そんじゃどっかの誰かさんは引き続き、一生懸命やるとしますよ」

そう言って作業を再開したエドに、自分のやるべき事を思い出したツナも慌ててドアへ向かう。

「じゃあ俺もまた街に出てくるね!」

ツナはエドとアルに「2人も頑張って!」と声を投げかけ、部屋を出ていった。獄寺もまた、無言でツナの後を追う。

一気に人が減り、部屋は少し閑散とした空気に包まれる。

「……ツナも、もっと自信を持っても良いと思うな」

小さくつぶやかれたアルの言葉は、目の前の暗号に集中する兄の耳には届かなかった。


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あきゅろす。
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