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第1章・第5話



「やあやあ少年、また会ったね」

「何だか慣れてきたな……」

 街中を歩けば、またあのフードの人間。
 流石に三日連続同じシチュエーションとなると、あまり驚きが無い。

「ん、今日は追っ払う事はしないのか?」

 ニヤニヤとしながら体を前のめりにして問いかける。
仕草一つ一つが気に触るが、今はイラついている場合では無い。

「まあ、な。
昨日の事に礼を一応したいからな」

「あーあれか。
別に気にしなくていい、私が気紛れでやっている事だからな。
それにアレは私の詫びの品だったし。

でも、どぉーしても!どうしてもお礼がしたいと言うなら、されても構わないぞ!」

「で、いい加減聞きたいんだがお前は何者なんだ」

「あ、無視ですか……」

 日に日に態度が冷たくなってくる目の前の少年に、ノーデンスはホロリと涙を浮かべる。
 旧神の威厳は、少年の態度に比例して無くなってきていた。


【第1章・第5話 さよなら旧神ノーデンス】


「えーと、私が何者かなんて前に言わなかったかな?
ただの観光に来た者だって」

「ただの観光に来たやつが、ここの住人に気紛れで宝石や薬を渡すのか?俺の事といい犬の事といい、何でそんな情報を手に入れているんだ。観光に関係無いだろ」

「まあまあそんなに熱くならない。
そうだな…君に気紛れでこういう事をしているのは本当だし。情報はここにいる知り合いから貰った物だ。
あと私はただの観光客。
正直に述べたから、疑ったりしないでくれよ」

 確かにノーデンスは嘘はついていない。

 実際に、この少年にはただの気紛れでお節介をしている。
 情報は知り合い(眷属)の夜鬼からの物だ。
 それに宇宙の彼方から遥々、この街を観光しにきている。
 嘘はついていないのだ。

「でも、君が嫌ならやめるよ。
それに今夜には此処を出るつもりだったからね、丁度良い」

「今夜…?!」

「うん、ちょっとした用事ができたからね。
じゃあ気を付けて帰るんだよ少年」

 そう言ったフードの人間は身を翻し、街路地へと向かう。
 あまりにも急な展開で少年は呆気に取られていたが、ハッとなって慌てて追いかけた。

「待っ…何処に行く……」

 フードの人間の後を追って街路地を曲がり、あの後ろ姿を思い浮かべて大通りに飛び出す。
 しかし、そこには誰の姿も見えなかった。
 辺りを見回しても、通りを探し回っても、あの姿は疎か見かけた人すらいなかった。
 まるで、この街から存在ごと消えたようだった。

 別れ際に言った、あの言葉が頭の中で復唱される。
 今夜には此処からいなくなる。

 青年はポケットに入れていた、あの青い宝石を取り出して虚ろに見つめる。
 陽の光を反射して輝くそれは、目を眩ませるような眩さだった。

「気に入ってないなんて、言ってないだろ…」


 少年はその日の夜、街へ出た。

 もしかしたら会えるかもしれない。
 また偶然会えるかもしれない。

 しかし夜が明けても、あのフードの人間が少年の前に姿を現すことは無かった。



***



 今日この街に雨が降った。

 外からは雨が地面を打ちつける音が聞こえ続ける。

 少年は怪我をした犬に寄り添われて、足を投げ出すように座っていた。
 手元の青い宝石を手中で弄んでは、溜息をつく。

 そんな事をずっとしていると、隣に座っていた犬がピクリと何かに反応し、外の方へと顔を上げた。
 少年は手中の宝石を見つめていたので気づきはしなかったが、ある影が一歩一歩近づいていた。

 そして、カツンッ、と靴の音が反響すると、ようやく少年は誰かが近づいている事に気が付いた。

 青年がそれに反応する前に、その人物は口を開いた。

「その犬、前よりも怪我は良くなってるね」

「あ……」

 立ち上がって振り向くと、そこにはあのフードの人間が立っていた。
 目が合うと、フードの人間はいつも通りの笑みを浮かべて、いつもの言葉を言った。

「やあ少年、また会っ……
おごブッ!!」

 いや、言えなかった。
 少年がフードの人間の元へ走り出したかと思いきや、腹パンを食らわせたのだ。無慈悲な無言の腹パンだ。

 ぐはっと、肺の空気を漏らして膝から崩れ落ちると、少年はノーデンスのフードの襟元を掴んで無理矢理起き上がらせた。

 感動の再開。
 そんな事は起きない。

「何でお前がいるんだ!!
もう帰ってこないんじゃなかったのか!」

「うぐ……モロに入った…
うう…少年、君は勘違いをしている…
ただ出て行くとしか言ってなかったじゃないか…
ちょっとした用事で、一時的に離れていただけだよ」

 いつから帰ってこないと錯覚していた?
 そんな事を頭の片隅に考えてつつ、ド突かれた痛みに耐えながら、疲れ気味に言う。

 少年は追求しなかったが、ノーデンスの言うちょっとした用事を記そう。

・別の人間界に現れた、時間を行き来するティンダロスの保護
・幻夢郷にある暗黒世界の治安が悪くなりつつあったので、その統治
・異界を滅ぼしたナイアーラトテップにひと殴り

 最後の用事に限っては逃がしてしまったが。
 まあ出来たら良し、出来なくても良しといった用事だ。

 なんやかんやあったが、溜まっていた仕事を24時間で済ませて宇宙からマッハで帰ってきたのだ。
 疲れていて当たり前だ。

 しかし少年は、ノーデンスがそんな事をしてきたなんて知らないので、襟元を力一杯前後に揺さぶり、更に追い込んでいたのだった。



***



「で、アンタ名前は」

「ん?どうしたんだい藪から棒に?」

ぐしゃぐしゃになった襟元を直しながら、ノーデンスは疑問符を浮かべる。

「……別に」

「ふふふ…まあ良いさ、教えてあげるよ。
出会って三日目でようやく、ようやく名前を聞かれたんだからな!
名前はなんだと聞かれたら!
答えてあげよう我の名を!
聞いて驚け!見て狂い笑え!我の名は…」

 ノーデンス!と名乗ろうとした途端、ハッとある事を思い出した。

 この世に、ハンターという者がおり、その中に邪神ハンターがいる事だ。
 私は邪神ではないが、邪神ハンターが居れば善神ハンターなんてのもいるんじゃないか?旧支配者を崇拝する狂信者が良い例だ。
 名前だけでバレる事は無いと思うが、いや、勘の良い奴なら気づくかもしれない。
 それに、そういうハンター以外にも、地球外生命体に興味を持ち、神体実験なんかをやろうとする輩が現れるのではないか!?
 バレた時には、身を切り裂かれ、脳みそや臓器をえぐり出され、干物にされてしまうのではないか?!

 アイデアロールに成功し、自分が干物にされる事を考えてしまったノーデンスはSAN値チェックが入った。

 ”SAN値チェック失敗!”
 どこからとも無く、そんな声が聞こえた。

「あああ…」

「騒がしくなったと思ったら、急に怯えてどうしたんだ」

「いや気にしないでくれ、こっちの事だ。
ああ、名前だったね…私の名前は…
ナマエ、そう、ナマエだ」

「…本当か」

「何故疑う!」

 当たってるぞ少年!
 私が偽名を使っているの疑ってるのに気づくなんて、名探偵バリに冴えてるぞ!
 疑いの目を向ける少年の顔をモロに見れず、顔を逸らしてピューピューと口笛を吹くノーデンス。
 明らかに、明らかにおかしいが、ノーデンスの口を割ることは無理だろうと思い、少年が先に折れた。

「……まあ、お前がそう言うならそれでいいか」

「物分りの良い子は話がスムーズに進むから好きだよ。
ああ、君の名前は掌握済みだから名乗らなくていいよ、カイト君」

「はぁ…極自然におかしい事を言うから、通常の感覚が狂いそうだ」

「ははは、早く慣れればいいね」

「慣れたくない」

「ああそうだ。
言うタイミングを逃していたが、私仕事の都合上で暫くここ(地球規模)にいる事になったから、よろしく」

「ここ(スラム街規模)で仕事…?」

「ああ、長い間とある馬鹿者が此処を放っていてね。
その掃除や放置されている部下の様子見とかをやらなければならないんだ」

 大体どっかの這いよる混沌のせいである。

 この事を今回報告したら、
 この件は放置もしたくてしていた訳では無い。
 何せ他の異界の統治にも追われていたから、ここに手が回らなかったのだ。
 別に職務放棄とかではない。
そんな事を言い出した。異界滅ぼしていたくせに何を言うか。

 そう言ったら、お気に入りがいるなら代わりにやってくれだと。あの世界のエンターテインメントはトップレベルだし悪くは無いだろうだと。
 そんな事を言われて、思わず引き受けた事は果たして正解だったのだろうか。

「こんな所に部下…?
やっぱりお前、ただの観光客じゃないだろう」

「おっとお喋りが過ぎた。
まあ、前までは観光客で、今は仕事で出張に来た者だと思えばいい。細かい事は気にしないでくれ。
私に関して細部にまで疑問を持つと、頭が爆発するぞ」

 あまりにも疑われすぎて身の危険を感じたら、物理的にな。

「それと、私情だが私はカイト君が凄く気に入った!
だからこれからの此処での活動は、君を拠点とさせてもらうよ!
さあ、明日もお仕事頑張るぞい!」

「待て、何故そうなる」

「生活の支障に来すことはしないから大丈夫さ。
さあーて、取り敢えず今日は此処から南半球をなんとかするかな!」

「話を聞け!」

「お土産は買ってきてあげるから、楽しみにしていてくれよ〜!」

 カイトの言葉を聞き流し、ナマエは元気に走っていった。

 ナマエの元気な声から、再び訪れることの無い日常が去っていく感覚と共に、カイトの肩にドッと疲れがのしかかる。
 立て続けに痛頭と目眩に襲われ、短時間で疲労がたまった身体に立ちくらみが起きた。

 少しでも、再開を喜んだ自分を呪いたい。


 外からは聞こえていた雨音は、もう聞こえていなかった。





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