第1章・第2話
「さて、いったい何処に向かうか」
ノーデンスは夜月の光に照らされる事の無い、厚い雲の下の大地に立っていた。
つまらない事に、召喚された場所は孤島だったのだ。
あの老人こんな所で何をしていたのか……
あの死んだ老人も気にならなくもないが、そんなに気にかかる者でもない。
気分を切り替えて行こう。
【第1章・第2話 大帝、街に降臨する】
取り敢えず面白い所に行きたい。
以前人間界へと行った夜鬼に人の世は華やかな場所が面白いと聞いたが、一方で長閑な田舎町というものを見るのもなかなか面白いと聞く。
平和ボケした人間の顔は何とも間抜けで笑ってしまうらしいのだ。
まあ夜鬼の言う事はそんな程度の物ばかりだ。
行くとしたら、それ以外の所だな。
ならばそこ以外の何処へ行くのか?
この世界の事を事前調査することも無く降りてきたので、考えるだけ時間の無駄。
考えを打ち切ると、宛もなく適当に気になった所へ降りよう、そう決断をした。
***
暫く貝殻の馬車に乗り、遥か上空から品定めをするように地上を見ていると、何処からか数え切れないような(数えれない事も無いが面倒なので数えない)嘆きの声が聞こえた。
声の聞こえる方向…どうやらあそこは、スラム街だったかと呼ばれる哀れな貧民の集う街…醜き人の邪念の集いやすい所と聞いた事がある。
「ふむ、手始めに人助けも悪くは無い」
ノーデンスは轡を引き、馬車を其処へと走らせた。
空から貝殻の上に乗った神を引き連れた馬が走ってきた所を人間に見られるのは構わないが、人間の精神が持たなくなり、狂気に陥るのは可哀想だ。
面倒だが人目につかぬように降りなくては。
後、容姿を何とかしよう。
あの老人のように、またショック死されたら何だか哀れだ。
ふう、人というのは面倒な生き物だ。
馬が人気の無い場所へと降り立つと、ノーデンスの姿は気品を漂わせる美しい人間の姿に変わっていた。
しかし場所が場所。
目立つような服装で行くと、どんな面倒事が起きるかわからない。
コソコソとするのはあまり好きでは無いが、やむを得ずに見窄らしい、薄汚れた茶色のフード付きコートを着ることにした。
ここまで来ると、先程までの威厳や神々しさを極力抑えた姿となり、とても人間らしい人間である。
さて話を切り替えよう。
この世界に居るとなるとそれなりの知識がいる。
と言っても、それなりに万能な生物だから、言語とかこの世界の常識とかの基礎知識は問題ないんだが。
そうだな…適当に派遣していた夜鬼から情報でも提供して貰おうか。
ノーデンスはこの世界に潜ませていた、眷属の夜鬼を呼び出すと、さっそく質問を始める事にした。
…え、何サラッととんでもない奴人間界に潜ませているんだだって?
大丈夫だよ、ただの神話生物だから。
見ても1日狂気に陥るくらいだし、へーきへーき。
「夜鬼、この世界がどんな所なのか簡単に教えてくれ」
そう言うと、ノーデンスは従順な眷属の思考を読み取り始めた。
こことは別の、よく似た別世界と比較して聞いたところ、この世界は航空機が気球や飛行船、海洋交通手段は帆船であり、移動手段の文明は少しは遅れているようだ。
しかし携帯電話やタブレットPCなど、人間の知識の結晶である便利な道具があるらしい。
電子機器やネットワーク面は高度に発展している世界のようだ。
都市機能も悪くはなく、核ミサイル、戦車、戦闘機などの軍事兵器もあると。
それと、人間以外の知的生命体も存在しているらしい。
まさかミ=ゴとかショゴスのような独立種族がいるんじゃないかと思ったが、そういう類もいるらしい。
嘘だと言ってくれよ夜鬼。
そして億千という話の中で、この世界に一つの気になる事があった。
ハンターと呼ばれる人間達だ。
怪物や幻獣、財宝、賞金首など、稀少な事物を追求する者らしい。
外なる神である我々や旧支配者を捕らえる、邪神ハンターのような者もいるらしい。実際に捕らえたという経歴は無いが。
おっかねぇ、見つかったら火炙りにされそうだ。
SANが減る減る。
「まあ取り敢えず数千年前の砂漠の国や平たい顔族よりは発展している事はわかった」
あいつら、基本呪術やら祈りやら占いで何とかしようとするからな。
豊作は祈り、分かるはずもない未来も占い、憎い相手は呪い。しかも全部神よおお神よ…
ええい!何でもかんでも神を頼るんじゃない!
めんどくせぇ!ウボサスラ投げつけんぞ!!
何はともあれ取り敢えず、粗方の知識を手に入れる事はできたので夜鬼を帰らせた。
じっくりと思考を読んでいるうちに、街は夜から朝に入れ替わりを始めていた。
そろそろ人間達も動き出す時間だろう。
ノーデンスは期待を胸に、街の方へと足を進めた。
数千年ぶりの人間の世界。
此処の人間は、ノーデンスを楽しませる様な事ができるのか。
密かにほくそ笑むノーデンスの、このスラム街の存亡の危機が人知れずに迫っていたのであった。
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