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第1章・第10話


 
 
 愛、絶望、感情を言葉にするのは人間のみだけである。故に人間のみが確実な感情を表現することが出来る特別な生物なのだ。
 
「神はのけもの扱いか」
  
 カイトに読んでもらう本を選んでいたナマエは片腹痛いと本を閉じた。
 それにしても、先程から店員のおばちゃんが私の周囲にはたきを振るわせている。そんなにここら辺の本は塵が積もっているのか。
 
 しかし、今時の人知に詳しい都会の食屍鬼に話を聞いたら「あれは、立ち読みするだけならさっさと帰れ」と言う意味らしい。
 確実な感情表現とはなんなのか。
 
 一通りでは通じない人の感情共有について、 ナマエはまた考え事を増やした。

 
 
***
 
 
 
 あれから数週間。
 賢いカイトは文字を完璧に覚え、今は本を沢山読むようになった。最初は生物研究の書物。次は世界の歴史、次は自然学、天文学、地質学、考古学……
 一つ新しい事を覚えるたび、彼は嬉しそうに話す。
 
「この生物は食物連鎖の下層にいながら、天敵に対する策を持っていて賢い。まずこの皮膚が──」
「この前新聞に載っていた生物は本当に珍しいもので、通常の鳥類とは違って翼の形が───」
 
 カイトがこんなにも活き活きとしてくれるなんて、文字を教えて本を勧めて本当に良かったとナマエは心底思う。
 もっと知識を深めれば社会に出て、色々な事に挑戦するのも良いだろう。
 はて、 私は何故こんなにも彼を贔屓しているのだ?
 
 自分が行っている事ではあるが、時々このような疑問が垣間見得る。
 いや、気まぐれで引っ付く事なんてよくあったではないか。今から70万年前なんて、知能を持った人間科の北京原人やらとにそれはそれはべったりと……
 
「 ナマエ……!」
 
「あーちょっと待っててくれカイト君、今昔の知人の事を思い出しているんだ。いや別に浮気とかそんなのじゃないから大丈夫だよ信じてくれ」
 
「馬鹿、それどころじゃない。前を見ろ馬鹿!」
 
「ば、馬鹿って二回言わなくてもいいじゃないか!
 確かに今はカイト君と一緒にいるのに、他の人を思い浮かべたのは良くはないけどそれでもねぇ……」
 
 愚痴を零しながらカイトが指差す方を見てみると、異端な光景が広がっていた。



【第1章・第10話 まだ慌てる時間じゃない】



 
 街に転々とある街頭の柱に鉄棒で胸を打ち付けられている人間がいたのだ。
 一人ではない。今居る通りの街頭全て同じ様に人が打ち付けられているのだ。
 損傷はそれぞれ、頭を割られた者や腕が無いもの、下半身や首が無いもの様々だった。
 胸部や傷口からは血が流れていたのだろう。街頭の柱は血で染め上げられて赤茶色に変色をしている。
 
「ここの街には随分と狂気的なパレードがあるんだね。別に人の文化には口出ししないが、悪趣味だと思う」
 
「そんなわけないだろ。ただの殺人だ」
 
「やだなーカイト君、ちょっとした宇宙的ジョークさ。
 それにしてもこの光景を見て、てっきりカイト君は発狂すると思ってたんだが……いやはや強靭的…いや狂人的な精神力だ」
 
 周囲にいる野次馬のモブ人間達は、見た事を後悔するように足早に立ち去っていくのに。
 まあ、足ががっちり地に着いて表情は強ばっているから全く平気というわけでは無さそうだが。
 
 緊張を解くついでにスキンシップを謀って、ポンッと背中を叩くと肩の力は落ちたようだった。
 
「それにしても犯人は随分とまあ、殺人に対して芸術性やロマンスを抱いていたようだ。
 まるで人ではない者が行った殺しだ」
 
 人柱ロードを何食わぬ顔で歩く ナマエ。
 カイトはそれに対して少し引いたが、 ナマエの発言が気になり半場嫌気に着いて行った。
 
「殺人に芸術性やロマンスなんて抱く人間なんているのか」
 
「君が出会ったことが無いだけで、割といるものさ。
 とある平凡サラリーマンかわドラマティックな人生を歩みたいがために、殺人を起こして自身の人生の華にしたり、人が絶望する顔こそ人の最大の美と思った芸術家が連続狩猟殺人を起こしたり……」
 
「聞いた俺が悪かった」
 
 胸焼けを起こすような話を鉄生臭い場所で聞いたカイトは、少しづつ精神が磨り減った。
 そんな話をして悪びれも無い様子の ナマエは、一つのボロステンレスのバケツとその横に落ちている毛質の筆に目がいった。
 バケツの中と筆にはあの人柱から絞り出した大量の血が入っていたのであろう、底に少量の血と乾ききった血が付いている。
 
「 ナマエ、あの壁に書かれている記号はなんだと思う」
 
「記号?」

 カイトの言う壁を見てみると、そこには一面に血文字が美しく綴られており、確かに記号のような文字が描かれていた。
 しかしそれは記号ではない。
 ナマエはその文字に見覚えがあった。
 
 別世界に通じている文字、英語だ。
 
 しかしそれを見た瞬間、ありとあらゆる憎悪醜悪絶望嫌悪が身体を喰い破るように駆け巡った。
 思い出したくも無い、考えたくもないが一度こびり付いたら思考はそれに囚われる。
 
 
万物の王。 
無限の中核に棲む原初の混沌。 
形なく、知られざるもの。 
暗愚の実体。 
盲目白痴たる神。
 
 
 今晩荷造りをしてこの星を出よう。
 
 
 
 

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