八丁堀もしもなお話集
一郎太・桜編D
「一郎太!」
後ろからかけられた声にどきっとしつつ一郎太は振り向いた。
「佐々岡様」
「置いてくなんてひどいじゃないか」
「あっすいません。でも先に聞き込みを終わらせてしまおうかと思って」
「聞き込み、一人で行く気か?」
「頼まれたのは私ですし、わざわざ佐々岡様についてきて頂くのは……」
「見回り区域なんだし、聞き込みは私だっていつもしてるんだから気にしないでいいよ」
にこっと笑って佐々岡はそう言った。
その笑顔に恥ずかしくなり、思わず一郎太は下を向いてしまった。
「……それともついてこられるのは迷惑か?」
「そんなことはありません!なぜそのようなことを……」
「……お前も男だからな。聞き込みとはいえ女のとこへ行くのに女についてこられるのは嫌だったりするのかなぁって」
「そんなわけないじゃないですか!相手が男だろうが女だろうがお役目として聞き込みに行くだけです!」
「……そっか。ならいいんだけどさ。じゃあ私もついてくぞ」
「はい。よろしくお願いします」
どうしたんだろう?
あんなこといつも聞かないのに……。いつもと違う態度の佐々岡に少々戸惑いながらも、一郎太は一緒にいられることに喜びを感じていた。
やがて佐田吉の家に着き、聞き込みが始まる。
30分くらい経っただろうか。
出入り口の戸が開き、中から女が出てくる。
「長々とすまなかったな」
そう言いながら続けて佐々岡と一郎太が出てきた。
「いいえ。たいしたお構いもしませんで申し訳ありません」
「気にしないでください。話を聞きに来ただけですから」
「父がご迷惑をおかけしてしまって……」
「おきみさんは気にしないでいいんだよ。お父さんだって何か理由があったのかもしれない。鬱ぎ込んでちゃだめだよ」
「佐々岡様……有り難うございます」
「じゃあな」
そういって佐々岡と一郎太は佐田吉の家を後にした。
「すみません、結局佐々岡様に聞いてもらってしまって……」
「いいんだよ。でも結構すらすら話してくれたじゃないか。……事実かは別としても」
「はい。もう少し拒まれるかと思いましたよ」
「だよな。すんなり終わって良かった良かった」
佐々岡はおどけて一郎太に話しかける。
そんな佐々岡を一郎太は心の底から愛しいと思った。
「さて見回り行くとするか」
「あの……佐々岡様」
「ん?なんだ?」
「たとえお勤めだとしても女一人の所に男一人で行くのってやっぱり気になるもんなんですか?」
「そりゃあ気になるだろうさ。それが好いた男なら尚更な。……気にしてるのか?」
「弥生さんがそうやって言うのは何度も聞いてますしわかりますけど、佐々岡様も気にしてるんだなぁと思って」
「私も?」
「はい。さっき私にお前も男だ、女の所に行くのに女がついていくのは嫌なのかって聞いたじゃないですか」
「あぁ……いや、お前は独り身だしそろそろ所帯を持ってもいい頃だ、女の私が色々ついて行くのは邪魔になるかなぁって……」
「え……そんなこと思ってたんですか?」
「まぁな。いくら与力と言えども女は女。邪魔になることは出来ないからな」
そう言って一郎太に笑いかけるとスタスタと先を歩き始める。
「私は邪魔だなんて思ってません!」
そんな佐々岡の背中に一郎太が叫んだ。
その声に佐々岡は立ち止まり振り返る。
「え……?」
「私はそんな気持ちでお勤めしているつもりはありません。それに私は……」
「……一郎太?」
「私は惚れた女以外興味はありません!あなた以外には……」
「……今なんて……」
「私はあなたが好きです!あなた以外は目に入りません!」
――もうどうなってもいいと思った。
言うなら今しかない。
ただ、思いの丈をぶつけたかった。
「私を……?」
あまりに突然のことで佐々岡は目を丸くしている。
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