八丁堀もしもなお話集
一郎太・桜編C
あれから八兵衛と一郎太は奉行所に戻り残りの仕事をこなしていた。
しばらくして見回りの時刻がやってくる。
孫は爪楊枝の内職を続けているが他の同心は見回りの支度をし始める。
勿論佐々岡も見回りに行くので支度をし始めた。
「このくらいの気候がずっと続きゃ楽なのによう」
「磯貝さんそんなことばっかり言って役得得られりゃそれでいいくせに」
「おいこら源吾!人聞きの悪いことばかり言うんじゃねぇよ!」
「……磯貝。おめぇ勿論もらってねぇよな?」
「え?あぁまぁそりゃあ勿論でございますよ。そんなのいらねえよって突き返してやりましたよ」
「……嘘ばっかり」
「なんだと!源吾!」
「なんでもありませんよ」
「それじゃあ見回り行ってまいります!行くぞ源吾!」
「わかりましたよぉ!ほんとに面倒な人なんだから」
青山につつかれたのが効いたのか、磯貝はさっさと詰所を出て行った。
それを慌てて源吾が追いかけていく。
「……たく、学習しねえ奴だな本当に」
そう言いながら青山は扇子で肩をぽんぽん叩いた。
「一郎太、私たちも見回り行こうか」
「はい」
「おぅ待ちな、一郎太」
出て行こうとする一郎太に青山が声をかけた。
「何か?」
「わりぃが見回りついでに、ここに住んでるおきみって女に聞いてきて欲しいことがある」
そう言って一郎太に一枚の紙を渡した。
「こいつぁ今追ってる押し込み強盗の一人佐田吉の娘だ。どうやらこの佐田吉って男、誰かに頼まれて殺しも請け負ってたみてえでな」
「殺しですか!?」
「あぁ。まぁその娘が知ってたとしてもそんな簡単に喋るわきゃねえが一応話は聞いとかなきゃなんねえからな」
「わかりました。あれ……でもこれ、私の見回り区域じゃなくて佐々岡様と八兵衛さんの区域ですよ?」
「おぅ、だから本当は八に頼みてぇんだが、この前同じく女んとこに聞き込みに行かせたら八の女房にそりゃあ説教食らってなぁ」
頭をぽりぽり掻きながら青山が言う。
「弥生さんからですか?」
「嫉妬ってやつですね」
兵助が横から話に加わる。
「あぁそっか。やっぱり一人暮らしの女のところにいかれるのは嫌なんですね弥生さんも」
「そりゃそうさ。しかも一人で行かせるなんて本当女心わかってないよな」
佐々岡が冷ややかな目で青山を見た。
「八に落とさせる為に行かせたんだぜい?一人で行かせるに決まってるじゃねえかい」
「なら形だけでも複数でいけばいいだろ?話は八兵衛にさせて他は外で待機してればいいんだから」
「……めんどくせぇなったくよぅ」
「……これだから男ってのは……」
半ば呆れた顔で青山を見る。
「とにかく、そういうことだから一郎太頼むぜい」
「実は俺もあの時説教食らってね。悪いが頼むよ。お前の代わりに私が兵助と回るから」
「わかりました」
「すまないな」
「いえ、では行ってきます」
そう言って一郎太は戸口へ向かった。
それを見て佐々岡が一郎太の後を追う。
「佐々岡様、一郎太のこと宜しくお願いします」
すれ違いざま八兵衛が佐々岡に言った。
「はいよ」
返事をして佐々岡は一郎太の後を追っていった。
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