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八丁堀もしもなお話集
一郎太・桜編B

「思いが深くなればそれだけ悩みも深くなる。悩むのはしょうがないさ。競う相手が青山様や兵助なら尚更だ」


茶をすすりながら八兵衛が答える。


「八兵衛さん、この前の勘定奉行と勘定吟味役の遊所の件で私が佐々岡様を勘定奉行の役宅までお送りしたじゃないですか」

「ああ。本当は俺が行けば良かったんだが、すまなかったな」

「いえ。あの時、正直佐々岡様をお連れするのが辛くて思いとどまるよう説得してしまって……。そんな事するつもりはなかったのに……」

「素直な気持ちじゃないか。俺はいいと思うよ」




「あの時確信したんです。俺、佐々岡様のこと本気で好きなんだって」




八兵衛の方を向き、真っ直ぐな瞳で一郎太は言った。


「そうか。それならそれでいいじゃないか。自分の気持ちが定まったんなら堂々とその気持ちを大事にすればいい」


八兵衛も一郎太の真っ直ぐな瞳に答えるように話した。

「でも、このままじゃ俺に勝ち目はありません。青山様の佐々岡様への思いは俺なんて比にならないだろうし、兵助さんだっていつも佐々岡様のそばで見守ってるし……」

「確かに青山様は平気できざな事をさらっとやり遂げるから、女から見たら格好いいのかもしれない。あれは青山様しか出来ないからな」

「ですよね……」

「でもそうだからって一郎太、お前諦めるのか?」



「それは……」



「青山様にしか出来ないことがあるなら、お前にしか出来ないことだってあるはずなんだ。それを伸ばしていけばいいじゃないか」


「俺にしか出来ないこと……」


「佐々岡様はいつもお前の真面目さと直向きさを誉めてくださってる。それはお前の最大の長所だぞ」

「佐々岡様が……」

「それに、勘定奉行宅へお前が送った時、必死に止めたお前が男らしくて驚いたって言ってたよ」

「えっそうなんですか!?」


ただただ必死なだけだったので、意外な話に一郎太は心底驚いた。


「佐々岡様はきちんとお前のことを見てくださってる。だから諦めるな。お前にだって十分勝ち目はある」


その言葉に一郎太は決意の表情で八兵衛に切り出した。





「八兵衛さん、俺きちんと佐々岡様に気持ち伝えようと思います」




「いいのか?焦らなくてももう少し様子見てからでも遅くないぞ」



「でももし俺に勝ち目があるとしたら、二人より先に思いを伝えることだと思うんです」

「先手必勝ってわけか」

「必勝かはわかりませんけど、気にしてもらえる分少しは有利かなって」

「迷ってグズグズしてるよりいいかもしれないぞ。男らしく佐々岡様をものにしてこい!与力も同心も関係ないんだから」

「はい!八兵衛さんこんな話聞いてくれて有り難うございます!俺、頑張ります!」

「応援してるよ、一郎太」

「有り難うございます!」

「さて、見回りもあるしそろそろ戻ろうか」

「そうですね」




そう言った一郎太の顔はさっきまでの顔とまるで違っていた。

やる気に満ち溢れ、その瞳は輝いていた。



こうでなくちゃ、一郎太は……


その顔を見て八兵衛は心の中でそう思った。

そして一番若いこの同心の一世一代の大勝負を心から応援したのだった。

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