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八丁堀もしもなお話集
もしもシリーズ 一郎太・桜編@

「なんか最近一郎太元気ねえんじゃねえか?」


磯貝が源吾にそっと尋ねた。


「そういえばいつもに比べて元気ないですよね」


源吾がちらっと一郎太を見る。


「もしかしたら恋の病とかだったりして」


にやけながら小声で源吾が磯貝に言った。


「おめぇじゃあるめえし、そんな事あるわけねぇだろうがよ」


バシっと源吾の頭をひっぱたきながら磯貝が言う。


「痛っ!それは磯貝さんの単なる偏見でしょ!一郎太だって男なんだからそういう事くらいあったっておかしくないじゃないですか」

「いいか、おめぇみてえにな、女にだらしねえわけじゃねえんだ。お役目ん時まで持ち込むなんてこたあしねえよ」

「ひどいなぁ!そういう偏見ばっかりなんだから!ったく磯貝さんは……」




そうやって、離れたところで磯貝と源吾が騒いでいるのも気づかず、一郎太は調べ書きに筆を走らせていた。

しかし磯貝達が言うように、瞳にいまいち力がなく、何か考え事をしているようにも見えた。






「一郎太、ちょいとついて来てくれるか」






そんな一郎太に声をかけたのは八兵衛だった。




「あっはい」




慌てて筆をしまい、戸口に向かう八兵衛の後を急いで追う。






特に用事があって八兵衛は一郎太を連れ出したわけではない。



八兵衛は一郎太の元気がない理由を知っていた。






一郎太が定廻りになった時からずっと、面倒を見てきたのは八兵衛だ。


一郎太にとって八兵衛は、よき先輩であり憧れでもある。

だから、一郎太が真っ先に相談したのは八兵衛だった。







「どうした、最近元気ないじゃないか」







奉行所から少し離れた茶屋に着くと、とりあえずお茶と団子を頼みながら八兵衛が言った。



「……わかりますか?」




「わかるさ。磯貝さん達も最近元気ないって言ってたし」

「磯貝さん達もですか?まいったなぁ……」

「何か悩みがあるなら言ってくれよ。俺でよければ聞くから」

「有難うございます」




そう言ったきり、一郎太は黙ってしまった。






「……佐々岡様のことか」







どきっとした表情で一郎太は八兵衛を見た。




「図星だな」




「……やっぱり八兵衛さんにはわかっちゃいますよね」


一郎太はふぅっと小さくため息をつく。






――八兵衛に相談したこと。




それは自身の佐々岡への思いの変化だった。






一郎太にとって佐々岡もまた、よき上役であり、憧れである。

そしてよき姉貴分でもあった。


今でこそ佐々岡は、八兵衛と見回りしているが、最初の頃は兵助、一郎太と共に見回ることが多かった。

はじめは上役ということもあり少し話しづらかったが、歳が近くとても聞き上手で一郎太の話をいつも聞いてくれ、そのうちだんだん親しくなりまるで兄弟のように接するまでになった。



自分とは違い、しっかり者で頼りがいがあり優しい佐々岡は本当に憧れで自分もいつかはそうなりたいと目標にもしていた。





しかし憧れや姉貴分という自身の認識が違うものに変化していることをある捕り物で感じてしまったのである。




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