『続』八丁堀の七人
第一巻 サイドストーリー集
嘘と欲と 女与力の怒りの鉄槌
冬の昼下がり。
誰もいない詰め所で佐々岡が掃除を終わらせ机を並べている。
「佐々岡の旦那!」
そこへ慌てた様子で徳松が入ってくる。
「どうした徳松」
「それが……」
言いながら一人の女を招き入れた。
女は不安そうな顔で佐々岡を見る。
「……心配するな。私は女だ。何かあったのか?」
「女なんですか?」
驚いた顔で女が尋ねる。
「奉行所で唯一の女与力だよ。佐々岡って言うんだ。覚えておいてくれ。……お前さん、江戸へ来て日が浅いね?」
「はい。まだひと月も経ってないもので……。なぜお分かりに?」
「江戸にずっといれば私の事は知ってるはずだからな。女与力なんて珍しいからみんな知ってるんだよ」
「そうなのですね」
「お前さん名前はなんて言うんだい?」
「初と申します」
「お初さんか。何があったんだい?」
「あの……」
お初が言いにくそうにしていると徳松が代わりに話し始めた。
「それが北町の定廻りの旦那に……無理矢理手込めにされたって……」
「なんだって!?」
あまりの内容に佐々岡は目を丸くして驚いた。
「お初さん、それは本当かい!?」
「……はい。そう名乗ってましたから」
眉間にしわを寄せ考えながら佐々岡はお初に尋ねた。
「思い出すのも嫌かもしれないがそのときの話、詳しく聞かせてくれないか。今男どもは出てるから大丈夫だよ」
そう言って佐々岡はお初を腰掛けさせた。
「はい。……買い物に出て帰る時でした。突然浪人のような人達に周りを囲まれたんです。怖くて黙ってたら小さな小屋のようなところに連れて行かされて……」
「浪人……。どの位いたか覚えてるかい?」
「四、五人だったと思います」
「成る程。それで?」
「小屋の中に入ると男の方が一人いらっしゃいました」
「それが北町の定廻りだったんだね?」
「……はい」
「そいつ、名前は名乗ったかい?」
「はい。……北町定廻りの青山久蔵だと」
「……青山ね」
やっぱり、といった表情で佐々岡は呟いた。
「青山はたとえ上役でも悪党は絶対許さないやつでね。だからよく恨みをかうんだよ」
「……え?」
「おそらく、そいつは青山じゃない。青山の名を語った偽者だよ」
「偽者!?」
お初が疑いの目で驚く。
「青山は自分が定廻りだなんて名乗らないからな。北町奉行所与力としか言わないんだよ。定廻りと名乗るのは同心だけだ」
「そうなのですか?」
「あぁ。お初さん、そいつの喋り方何か癖がなかったかい?」
「癖?……少しお酒で焼けていたような声なのは覚えていますが……」
「旦那……やっぱり……」
「あぁ。偽者だ。徳松、もしかしたらまだ他にも出てくるかもしれない。見回ってくれないか?」
「わかりました!」
そう返事をすると徳松はすぐに出て行った。
「やっぱり偽者なのですか?」
「間違いない。まぁといっても信じられないだろうから、青山本人に会って確かめるといい」
「青山様にですか……」
「大丈夫。奥の部屋から様子を見ればいいさ。さぁおいで」
そう言って佐々岡は奥の部屋に来るようお初を促す。
「わかりました」
お初も佐々岡についていく。
「いいかい、もしかしたら青山の名を語ったのは他の同心かもしれない。こいつだと思ったら私に言うんだよ」
「はい」
佐々岡の話にお初は頷いて答える。
しばらくするとみんなが見回りから帰ってきた。
「あれ?佐々岡様いらっしゃらないんですね」
兵助が、辺りを見回しながら言う。
「何か用事でもあったんだろうよ」
磯貝が答える。
「掃除も終わってるみたいですし」
八兵衛が炉端で手を温めながら言う。
「佐々岡様だって、たまには息抜きしないと疲れてしまうからね」
孫も炉端で暖まりながら言う。
「そうそう。佐々岡様は女なんだもの、色々やりたいこともあるってことよ」
炉端に来ながら源吾が言う。
「でも火をつけたままなんて、佐々岡様にしては不用心ですよね」
一郎太が不満げに言う。
「火がついてるなら奉行所のどっかにいるんだろうよ」
奥の廊下から青山が来て炉端の前に座る。
「青山様、ご一緒ではないんですね」
八兵衛が青山に聞く。
「いつも一緒にいるわけねえじゃねえかい。おいらあいつのお守りじゃねぇんだぜい」
「そりゃそうですよね」
そう言ってみんなが笑う。
「…あれが青山様?」
奥の部屋で見ていたお初が驚いた顔で呟く。
「そうだよ。二枚目で癖のある喋り方。本当に青山ならすぐにわかるはずだ」
佐々岡がお初に言う。
「…違います。あの方ではありませんでした」
「他の同心はどうだい?ここにいるので定廻りは全部だ」
「違います。ここにはおりません」
「やっぱりな」
「私一体……」
「大丈夫。お初さんは何も考えなくていい。私達に任せてくれるかい?」
「はい!」
「有り難う。じゃあちょっと待っててくれ」
そう言うと佐々岡は部屋を出て行った。
「随分色々言ってくれるじゃないか」
みんなに向かってそう言いながら青山の隣に座る。
「あれ、佐々岡様いらっしゃったんですか?」
磯貝がびっくりして尋ねる。
「なんでい、隠れて聞いてるなんていい趣味してるじゃねぇかい」
「馬鹿言うな。青山、そんなこと言ってる暇はないと思うぞ」
「何かありましたか?」
孫が問う。
「女が青山に無理矢理手込めにされたって話を聞いた」
佐々岡の話を聞いて茶を飲んでいた磯貝、八兵衛、兵助が一斉に噴き出す。
「だっ青山様が!?」
八兵衛が声をひっくり返しながら尋ねる。
「……おい佐々岡、おめえ趣味の悪い嘘つくんじゃねえぜぃ」
青山が眉間にしわを寄せ佐々岡に突っ込む。
「趣味がいいだの悪いだのうるさいな。性格には青山の名を語った男がしたんだよ」
「びっくりした……」
兵助が胸をなで下ろす。
「だったら最初からそう言やぁいいじゃねぇかい」
「いつも私をからかうからだよ。お返しだ」
「ったくしょーもねぇことを……」
「佐々岡様、その話というのは……」
八兵衛が遮り佐々岡に聞く。
「あぁ、突然浪人四、五人に囲まれ連れて行かれたそうだ。相手は北町定廻りの青山久蔵と名乗ったらしい」
「北町定廻り……」
源吾が眉をひそめ言う。
「おかしいだろ?」
「青山様も佐々岡様も定廻りとは名乗りませんよね?定廻りは同心が名乗りますから」
八兵衛が佐々岡に言った。
「それに大体浪人なんて使うはずないしな。ちなみにこの七人の中にはその男はいなかった。本人に確認してもらったから確かだよ」
「え?本人にですか?」
一郎太が驚いて聞く。
「あぁ。……入っておいで」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!