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『続』八丁堀の七人
  第一巻 サイドストーリー集
音楽シリーズ 君に逢いたかった―ft.青山―


春も終わりに近づき、最近は日没もだんだん遅くなってきている。


そんなまだまだ明るい夕刻、青山はいつものようにあやふやな表現だらけの文章に少々飽き飽きしながらも、磯貝達が書いた報告書を読んでいた。

どうしてこうも読みづらく書けるのか……頭の中でぶつくさ文句を浮かべながらため息混じりに読み進めていく。



真面目に読みつつも青山は朝からずっと気になることが一つあった。
それは自分の右側で同じく報告書を読んでいる佐々岡だ。

見てる限り、どうやら同心達は誰も気づいていないようだが、今日の佐々岡は明らかにおかしい。

話しかけられ笑うその顔はいつもの優しい笑顔ではなく力のない笑顔。
動きも機敏さがなく、たまに呼びかけられても反応がない時もある。

佐々岡はうまく隠しているつもりだろうが、青山にはすぐにそれがわかった。


本当ならすぐに声をかけたかったのだが朝から同心達が慌ただしく出入りし、佐々岡に話しかける為叶わなかったのだ。


今は、同心達は佐々岡が見ている報告書に関わる件の聞き込みなどに行っていて誰もいない。


青山は報告書から目は離さずに佐々岡に問いかけた。




「……どうしたんでい」




突然話しかけられ佐々岡は驚いた表情で青山を見た。





「どうしたって何がだよ」



「具合でも悪いのかい」


「……何でだよ」


青山の問いに少し不機嫌そうに佐々岡は答えた。


「おめぇ今日ずっとおかしいじゃねぇかい。目に力がねぇし呼んでも気づきやしねぇ」


「そんなことないよ。気のせいだろ」



それには触れるな、と言わんばかりに青山の言葉を軽くあしらう。

しかし、青山にそれは通用しない。


「んなわけねぇだろ。これだけ違うってのにごまかそうとするんじゃあねぇよ。……じゃあ聞くが、おめぇさんなんで聞き込みに行かねえんだい?」

「それは……」




痛いところをつかれた……そんな顔をしながら佐々岡は言葉を続ける。


「今日は孫さんも行ってるし、徳松もかなり下っ引き出してくれてるから人数足りてるんだよ。それにお前は他の件の報告書に追われてるからこっちに手出せないだろ。なら私がここで待つしかないじゃないか」


「なんでぃ、おいらのせいだって言うのかい?別に追われてなんかいやしねぇよ。おいらだって今度の件は調べてる。気にせず聞き込みしてくりゃいいじゃねぇかい。てめぇで調べなきゃすっきりしねえんだろ?」


最もなことを言われ、佐々岡はばつが悪そうに下を向く。



観念したか……そう青山が思った矢先、佐々岡がすっと立ち上がった。




「……どうしたよ」





「聞き込み行ってくる。お前平気なんだろ?なら報告待ちは任せるよ」


そう言うと佐々岡は詰所の戸口へと歩いていく。




「おい、無理すんじゃ……」




そう青山が佐々岡の背中に声をかけた時、佐々岡の足がもつれふらりと体が揺れた。








「……!」









慌てて青山は立ち上がり佐々岡の元に駆け寄る。

青山が来るか来ないかの所で佐々岡はしゃがみ込むように倒れ込んだ。

それを青山がすんでのところで自分に引き寄せしっかり抱きかかえる。

抱きかかえた佐々岡の体は驚くほど熱くなっていた。



「おめぇこの体で……」




なんて女だ……事件解決の為にこんなひどい体調不良を押してまで出仕してくるとは……。




「大丈夫だよ。ちょっと貧血気味なだけだ。」




乱れた息を整えながら佐々岡はそう言い、青山の腕から抜けようとする。


「大丈夫なわけねぇ!貧血でこんな体が熱くなるわけねぇじゃねえかい。無理しやがって」


抜け出そうとする佐々岡を青山はしっかり抱きしめ離さない。いつもは女とは思えない力で抵抗するのに、熱のせいだろう、腕を押す力はほとんど無いに等しかった。


「元気だから大丈夫だって」


「馬鹿いうんじゃねぇ、こんな状態で元気だなんて言えるわけねえだろ!心配させるんじゃねぇ!」




「……青山」





今までにない真面目な顔で叱る青山に佐々岡は面食らってしまった。

しかし、叱られているのに何故か嫌な気にはならなかった。


「奉行所の用人に彌生堂呼んでくるよう頼むから、おめぇは奥座敷で寝てろ、いいな」


「でも……」


「こんな体でどうするっていうんでい」


そういうとひょいっと佐々岡を抱き上げた。


「ちょっ……青山!」


熱でぼうっとする意識の中でも恥ずかしさがこみ上げてくるのが嫌でもわかる。


「ばーか、照れんじゃねえよ。そんなんじゃ歩けねえだろが」


そう言いながら、佐々岡を奥座敷まで連れて行く。

奥座敷に着くと、部屋の入り口近くに佐々岡をゆっくり下ろし座らせた。


「今布団敷いてやるから待ってろ」

押し入れの襖を開け、青山は宿直時に使う布団を手際よく敷き始めた。


「ほら、横になんな」


程なくして敷き終わると、力なく座る佐々岡に声を掛けながら、青山はまた抱きかかえようとした。


「これくらいの距離、自分で行けるから大丈夫だよ」


恥ずかしさもあり佐々岡は青山にそう言って立とうとする。

すると目の前に大きな手がすっと現れた。


「つかまんな」


そう言って佐々岡に優しく微笑みかけた。




「……有難う」




いつもならはねのけているところだが、こんな具合ではそれも出来ず、むしろその優しさが佐々岡には凄く嬉しかった。

青山の手を貸り、布団までくるとすぐに佐々岡は横になった。



一日中熱とだるさと戦った体はすでに体力も失われぼろぼろだった。



「用人んとこ行ってくるからちょいと待ってろな」


青山の声にこくりと頷き佐々岡は目を閉じた。

それを見て青山は部屋を出る。



いつも無理しやがって……。


昔からあいつはそうだったっけな……。






だからいつも心配で離れられなくなる。






自分が与力として北町へ来てからも、本当は片時も忘れなかった。

勿論、おゆみを忘れたわけじゃねぇ。



でも忘れられなかった。




おめぇに逢えるのを待ち続けてた。




だからこそおめぇが北町に来た時、あの声を聞いた時、わかったんだよ……やっぱりこいつなんだって。

おめぇにゃ伝わらねぇけどな。



おいらが側にいる時はせめて無理はさしたくねえ。





こんなおめぇは見たかねえんだよ……桜。





用人の元へ行くこの短い距離の間に青山の佐々岡へ対する思いはみるみる膨らんでいった。




佐々岡には届かぬ深い思いが――。


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あきゅろす。
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