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『続』八丁堀の七人
  第一巻 サイドストーリー集
男同士 決意の心と揺れる心 ―若同心の恋模様B―


「なんだ兵助、やりゃあ出来るじゃねぇか」


磯貝が出された報告書を見て驚いている。


「こんだけの量よく1日で片付けたなぁ」


「そうしないと鬼同心の磯貝さんに怒られちゃいますからね」


「なんだと!?おい兵助!今なんて言った!」


兵助の言葉に磯貝が怒りながら報告書をばんばん机に叩きつけている。




体調を崩し3日間の休養の後、佐々岡に手伝ってもらって報告書を全部終わらせた次の日。

兵助は磯貝に堂々と終わらせた報告書を提出していた。


「確かに最近の磯貝さんはやたら厳しいですよねー。まるで青山様みたい」


源吾が兵助の言葉に乗っかってくる。


「なんだと源吾!俺のどこが鬼与力みたいなんだよ!」


「あんな山積みの報告書を突きつける事が鬼与力みたいなんじゃないか?」




「さ……佐々岡様!」




奥の廊下から佐々岡が歩いてきた。


「磯貝、言ったよなぁ?病み上がりにこの量は無理だから、兵助の分は分けてみんなで手伝ってやれって」


佐々岡が磯貝を冷ややかな目で見ている。


「磯貝さんそんなこと言われてたんですか!?」


八兵衛が驚いて言う。


「いや、これはだなぁ……」


「青山様が甘やかしてはいけないと常日頃から言ってるとかなんとか言って、結局やるのが嫌だったんでしょ」


源吾が呆れ顔で磯貝に言った。


「それは青山様が前から言ってる事でだな!」


「なぁにをおいらが言ってるって?」




「青山様!」




突然の青山の声に磯貝がびっくりして叫ぶ。


「なにそんなに驚いてんでい。磯貝、おいらはそんなこと言ったこたぁ一度もねぇぜ」


「いやその……」


「とにかく、サボることばかり考えてないでしっかり仕事するんだな」


佐々岡に扇子で頭をぽんぽんされ、磯貝はすっかりうなだれてしまった。

それを見て他の同心はみんなくすくす笑っている。


「おめぇら喋ってねぇでさっさと仕事するんだよ」


青山が言うと、はいはいといった感じでみんながそれぞれ動き始める。



「おぅ兵助」


青山が兵助を呼び止めた。


「はい」


「ちょいときな」


言って青山が奥の廊下へ歩いていく。


なんだろう……。


突然の呼び出しにうろたえながら、兵助がついていく。

少し行ったところで青山が止まる。



「具合はどうでい。三日も休むんじゃ相当辛かったろう?」


「はい。久しぶりに体調を崩してしまいました。今は完全に治ってますから。ご迷惑お掛けしました」


言って兵助が頭を下げる。


「んなこたぁいいよ。面上げなって。体調崩さねぇやつなんかいるわきゃねぇんだから」


「はい」


「でも気をつけるにこしたことはねぇ。佐々岡が随分心配してたからな」


「わかってます。佐々岡様には本当にお世話になってしまって……。以後気をつけます」


「おめぇが治るまでずっと看病してたらしいじゃねぇかい」


「あっはい。あんなに体調を崩したのは初めてで……。情けないですが佐々岡様に側にいて頂くようお願いしました」


あまり青山には言いたくない事だったが、恥を承知で兵助は正直に話した。




「へぇ……」




一言そう言うと青山は兵助に尋ねた。


「……兵助、佐々岡に居てくれるよう頼んだのは体調だけが理由かい?」




「え?」



核心をついた質問に兵助は驚きを隠せない。


「青山様、それは……」


「体調崩したり、精神的に参ってる時はつい本音が出ちまうもんだ」




やっぱり……この人には隠し事は出来ない。
隠したくても隠し通すことが出来ないんだ。


そう思った兵助は、意を決して青山に答えた。


「青山様には隠し切れませんね。……そうです。それだけじゃない」


「じゃあなんなんでい。」


「……佐々岡様と少しでも一緒に居たかった。少しでも……」




「……おめぇ佐々岡に惚れてんのかい」




「……はい」






一番知られたくなかった。

でももう後戻りは出来ない。


「私は佐々岡様を心底お慕いしています」




「だろうと思ったよ。おめぇの態度見てたらな」


「……そんなにわかりやすかったですか」


「他の奴らはわからねぇがおいらにはわかったぜい」


「そうですか……」


兵助はぐっと拳を握ると青山に尋ねた。


「私も一つお聞きしてもよろしいですか」


「……なんでい」







「青山様も佐々岡様に惚れてらっしゃいますよね」




「……何故そう思う」


「青山様の態度見てればわかります」


「……どうだかねぇ」


やっぱり……はぐらかすつもりだ。

しかし青山は話し続けた。


「前に家で溜まった書類を片付けてたんだが、その時しまった筈の死んだ女房の日記が出てきてな」


「亡くなった奥方の?」




突然の話に兵助は戸惑いつつも耳を傾ける。


「ああ。その日記の中から女房の手紙が出てきた」


青山は廊下から空を見上げ話を続ける。


「そこには憎しみや恨みの他に感謝や心遣いのある言葉が書いてあった。驚いたよ。おいらが憎い筈なのに……大した女だと思った」


ゆっくり兵助の方を向き直り話し続ける。


「女房と出会う前に好いた女に振られてな。やけになって矢場の女だった女房―おゆみを娶った」



そういえば…昔弥生さんがそう言ってたな。


兵助はふと弥生の話を思い出した。


「それで酔った拍子におゆみに誰でも良かったなんて言っちまってな。そん時のおゆみの目は忘れられねぇよ。結局おゆみが亡くなったその日もおいらは側に居なかった」



ちらりとしか聞いていなかったがそんな話だったとは……。



青山様にこんな暗い部分があったとは……兵助は心底驚いた。


「だからおゆみはおいらが殺した。そう思ってる。だからせめて妻はおゆみだけにするつもりだった」


廊下の欄干に肘を置き、外を見つめ青山が続ける。


「でもおゆみは全部わかってた。おいらが自分のせいだと思うことも、妻を娶らないでいることもな」


兵助は無心に話を聞いている。


「自分の願いはおいらと市之丞が幸せになること……だから今度こそ本気で好いた女と幸せになって欲しい。母がいなければ市之丞も寂しがるし、悲しむのは自分だけで十分だと書いてあった」

「奥方様は……本当に立派なお方ですね」


「あぁ……立派な女だよ、おゆみは。この手紙で胸につかえていたものがとれた気がした」


兵助を見て、青山はさらに続ける。


「そんな時に現れたのが佐々岡だった」


佐々岡の名を聞いて兵助は青山を見た。


「おいらが与力になる前からあいつの事は知ってるが、その時と比べ物にならない程立派な与力になってやがった」


青山がさらに続ける。


「でもな、あいつの優しさや笑顔はまったく変わってなかったんだよ。いい女のままだった」


「いい女……」


「別に女を作りたいわけじゃねぇ。縁があった時に考えりゃあいいと思ってた。でもな、佐々岡を見るとそんなこと全部吹き飛んじまうんだよ」




あ……兵助は青山の気持ちにようやく気づいた。




「……青山様、それは……」





兵助が言おうとすると青山が遮った。


「人の心なんてわかんねぇもんだ。答えが見つからねぇ時もある」


言うと青山は背中を見せる。


「病み上がりに長話して悪かったな。見回りは出来る限りでいいぜぃ。……後に響く。じゃあな」


そう言ってすたすたと足早に去っていった。




答えが見つからない――あの青山様でも迷いや戸惑いを感じているんだ……今も昔も。

亡くなった奥方様のことがあるからこそ、今の気持ちに素直になれずにいるんだ。




――佐々岡様に惚れているということを。




兵助の中で青山の印象が少し変わった気がしたのだった。



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あきゅろす。
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