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『続』八丁堀の七人
  第一巻 サイドストーリー集
第五幕 その後――青山邸にて――


風が静かに草木を揺らす。

空では月が皎々と輝いている。






そんな夜空を眺めながら、青山は酒をあおっていた。

今日はいつもよりペースが早いようだ。

これくらいで酒に呑まれることはないが、久しぶりに少し酔いが回っていた。


「やってますね」


そんな青山に声をかけたのは八兵衛だった。


「おう、いいとこに来たな。おめえも一杯どうでい」


言ってぐい呑みを取りに腰を上げる。


「じゃあ頂きます」


八兵衛は戻ってきた青山からひょいと渡されたぐい呑みを受け取る。

そこに青山が酒をつぐ。


「今日は祝杯ですね」


言って八兵衛は一口呑む。


「そんなんじゃねえよ」


言って青山は一口でくいっと呑み干した。


「何かまだ気になることでも」


その問いに、青山は月を見上げながら静かに話し始めた。





「なあ八、お互いが思い慕う演技をするのに、口づけなんてしたら嫌なもんかねえ」




「なんです?突然」


「好きでもねえ相手に、演技だからと口づけされたら嫌かって聞いてんだよ」

「それはわかってますよ!ただそれを私に聞いたってわかるわけないでしょ」

「いやまぁそうなんだけどよ」


言ってついだ酒をぐいっと呑み干す。



「……その話、佐々岡様とのことですね」



酒をついでいた青山の手が止まる。


「おめえさんはいつもするどいねえ」


「思い慕う演技なんて普通しないでしょ。客として佐々岡様のところへ行った時のことですよね」


「……そうだよ」

「何があったかは知りませんが、お互いが演じているとわかっていたのなら、それで良かったんじゃないですかね」


言って八兵衛は呑みかけの酒を流し込んだ。


「ましてや、相手を信じ込ませないといけなかったんですからそれくらいは仕方がありませんよ」

「仕方がないであいつが済ませてくれるかねえ」

言いながら八兵衛のぐい呑みに酒をつぐ。


「実は、見回りに行った時に佐々岡様からその話を聞かされましてね」

「佐々岡から?」

「ええ。きっと佐々岡様も気になっていたんでしょう」


「……おいらが口づけたことをかい?」

「というよりも、そのことを青山様が気にしているんじゃないかと」


八兵衛の言葉に、青山は呑んでいた手を止め静かにぐい飲みを口から離した。


「昔から女のことには弱くてすぐ、大丈夫か、嫌じゃないかって聞いてきたから、きっと自分のしたこと、話したことに悩んだり後悔したりしてるんじゃないかって」


「……あいつがそう言ったのかい?」

「ええ。あの時何があったのかは話してくれませんでしたが、青山様の話を聞いてきっとそのことを言ったんじゃないかと思いまして」


「……お見通しって訳かい」


言って呑みかけていた酒を流し込んだ。


「佐々岡様は嫌がってなんかいませんよ。むしろそこまでさせて嫌な気持ちになったんじゃないかと心配していましたよ」

「……たくいつもひとの心配ばかりしやがって」

「言い出した方としては、きっとあまり迷惑をかけたくなかったんでしょう」

「迷惑なんざ、思ってもいねえよ。傍で守ってやらなきゃあ一番傷つくのはあいつなんだからよ」


「青山様……」


「まあ、守ってやれたのかもわからねえけどな」

「ちゃんと守ったじゃないですか。青山様がいなければあの方法はとれませんでした。青山様を信頼しているからこそ頼んだんです。必ず守ってくれると」


青山は黙って酒を飲み干す。


「きっと佐々岡様は嬉しかったのかもしれませんね」


「……嬉しかった?」


「青山様が来た時、凄く恥ずかしかったって言ってたんです。でも話してる内にそんな気持ちもどこかへいってしまった」八兵衛はぐいっと一口呑むと話を続けた。


「たとえ演技でも、青山様の優しさに触れて安心したって話してました。自分の身がどうなるかもわからない場所に一人で乗り込んだんですから、その優しさや温もりが嬉しかったんじゃないでしょうか」


八兵衛の話を聞きながら、青山はあの時の佐々岡の表情や声を思い出していた。

あの小さな体を抱き締めた時、少しでも緊張や不安を解いてやることが出来たのだろうか。


「青山様は少し気にしすぎですよ」

「おいらが?そんなわけあるめえ」

「いつもは違いますが、市之丞様や佐々岡様のことになるとすぐ心配するじゃないですか」

「気のせいだよ」

「いいえ、女子供には青山様はてんで弱いですよ。だから今もそうやって悩んでたじゃないですか。いい加減認めてくださいよ」

「いやだね。認めるも何もそんなこたねえって言ってるじゃねえかい」

「ったく、この意地っ張り!」


言って八兵衛は徳利から酒をついで一気に呑み干した。


「なんでいおめえ、今日は呑むじゃねえかい」

「いいんですよ、今日は!青山様みたいにいつも呑んだくれてるわけじゃないんだから」

「あんまり呑み過ぎると女房に叱られるぜい」

「大丈夫ですよ!私は青山様みたいに女に弱いわけじゃありません」


「そりゃどうかねえ」


ふっと笑うと青山も自分のぐい飲みに酒をつぎ呑み始める。


呑みながら八兵衛の話を思い返していた青山が、ふと呟いた。




「だからおめえは似てるんだよなぁ……おゆみによ」





「なんか言いました?」

「なんも言っちゃいねよ」

言って青山はくいっと呑み干す。






酔い始めた八兵衛とのくだらない、でも心の安らぐやりとりはしばし続いていくのであった。

久々の平和な時が流れる八丁堀である。


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