『続』八丁堀の七人
第一巻 サイドストーリー集
恋情 ―若同心の恋模様@―
これはやばいな……。
目が覚めるなり兵助は焦った。
顔が火照り頭がぼーっとして働かない。
起きる気力すらおきない。
完全に体調を崩した……。
困ったな……どうやって奉行所に伝えようか。
兵助は熱で回らない頭を無理矢理回して考える。
八兵衛さんのところへ行ければ、八兵衛さんに伝えて弥生さんに見てもらえる。
……しかしそこまで歩くのはいくらなんでも無理だ。
駄目だ……くらくらして考えられない……。
兵助はそのまま気絶するように眠りについた。
「兵助!兵助!」
誰かに呼ばれて兵助は目を覚ました。
「……さ……さおか様?」
「よかった……気がついたか」
佐々岡が安堵の表情で兵助の顔を覗きこんでいる。
少し寝たからか先ほどよりは意識がはっきりしている。
「なぜここに?」
体を起こそうとするがふらふらしてなかなか起き上がれない。
「無理をするな。その熱じゃ起き上がるのは無理だ」
佐々岡が肩を押さえ兵助を布団へ寝かす。
熱のせいか顔が熱い。
「真面目なお前が来ないからみんな心配していたぞ。訪ねてみてよかった。これじゃあどこにも行けないものな」
「わざわざ私の為に来ていただいたんですか。すみません」
「上役が配下の心配するのは当たり前だ。そんなことは気にするな。それよりこの熱下げないと駄目だぞ」
言って兵助の額に手を乗せる。
……自分でも嫌なほどわかっていた。
顔が熱くなるのも、鼓動が早まるのも熱のせいだけじゃないことを。
「弥生さんにすぐ来れるか聞いてみるよ」
そう言って佐々岡が立とうとする。
「お待ちください!」
それを兵助が止める。
とっさの事で兵助自身も何故止めたかわからなかった。
「どうした?」
「水を……一杯くださいませんか?」
なんだよそれ……苦し紛れとはいえ言った自分に恥ずかしくなる。
「そうか、ずっと寝ていたんだもんな。気づかなくてすまん。今持ってくるから」
佐々岡はそう言って台所へ歩いていく。
なんて優しいお方だ…。
磯貝さんなら絶対自分で持って来いで終わっている。
「はいよ。今起こしてやるからな」
そう言って兵助の肩を支えて起こす。
「申し訳ありません。こんなことまでさせてしまって」
「それは気にするなって言ったろ?ほら」
「ありがとうございます」
「兵助、お腹空いてないか?食べてないんだろ?」
「あっはい。とにかく具合が悪かったので……」
「じゃあお粥でも作っていくよ。それならいつでも食べれるだろ?」
「滅相もない!佐々岡様に作っていただくなんて!」
「具合が悪い時は甘えてるのが一番だぞ?ちょっと待ってろ」
言って佐々岡は羽織りを脱いで台所へと消えていく。
「……佐々岡様」
わかってる。
でも具合が悪いからこそ抑えられない。
――佐々岡様への気持ちが。
兵助は布団に横になり、早まる鼓動を必死に抑えようとした。
どのくらい経ったか、佐々岡がお粥を持って兵助のところへやってくる。
「お待たせ。出来たぞー」
いつもと違うその可愛らしい声にまた鼓動が早まる。
「佐々岡様すみません。食事まで面倒みていただいて……」
「いいんだよ。いつも一人でやってるんだからたまには甘えなさいって」
与力の時とは違う、可愛らしい声に笑顔。
いつもこうやって青山様に話しかけるのか――。
考えると胸が痛む。
駄目だ……このままじゃ私は……。
「どうした?兵助、また具合悪くなってきたのか?」
佐々岡が心配そうな顔で覗き込む。
「あっいえ。同心になってから誰かに何かをしてもらったことがないので、どうしたらいいのか……」
「普通にしてればいいんだよ。やってもらえるんだから。こういう時くらい楽しなくちゃ」
笑いかけるその顔にもう我慢出来なかった。
兵助が佐々岡の手を握る。
「……佐々岡様、しばらく側にいて頂けませんか?」
「……兵助?」
突然のことに佐々岡は目を丸くして驚いている。
「情けないのはわかっています。でも……」
すると佐々岡が兵助の手をもう片方の手で握り返す。
「そんなことないよ。一人じゃ心細いからな。眠りにつくまで居るから大丈夫。お前が寝たら弥生さん呼びに行くから」
佐々岡は優しい声で兵助に言った。
――情けなくてもよかった。
少しでいい……側にいて欲しかった。
けして心細いわけでも寂しいわけでもない。
あなたにいて欲しかった。
――私はあなたを……。
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