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陽炎の眼差し。
赤と青 U 。
「あぁあああぢぃぃいいいいいいい……」

 先ほど吹いたばかりだと言うのに、一瞬にして再び吹き出して来た汗をジャージの袖で拭う。……あぁ、長袖来てくるんじゃなかった。ていうか、ブラして来たっけなぁ……?
 片耳にだけつっこんでいるイヤホンが少しずれて来て、少し調節する。

「あー、てすてす! てすてすー! ご主人、聞こえてますかー? おーい!」
「あー、ハイハイ、聞こえてるヨー」
「なーんで片言なんですかー?」

 後悔、やっぱり調節するんじゃなかった。回してしまった所為でやけに耳にフィットしてしまい、あいつの声が一倍と大きく聞こえて来る。
 適当にそいつ───エネオスに返事をしてさっさと足を進める。その間にも、汗はブワッと効果音が聞こえてきそうな勢いで吹き出して来る。もうほんとやだ、シャツがくっついて来たじゃないかまったくもう。

「あぁああ、ご主人そこ右、右です! あ、次左! もっかい右! ここも右ぃ!」
「あ"ーッもう、うるさぁい!」

 一々指示されるのにいい加減イライラして来た。
 まさかソフトにオペレーションされる日が来ようとは……。

 そのままエネオスの指示に従って歩き続けていく。
 気付いたけど、私が引きこもっている間にこの町は随分と変わってしまっていた。
 二年で待ち一つがここまで変わる物なのか、と本当に感心した。
 そこにある筈だった物はなくなり、代わりに別の物がある。いやぁ、ほんとにビックリしたよ。景色が一変してるんだもん。

「あ、ここを左に曲がれば見えてきますよー」
「はいはい……───」

 適当に返事をして言われた通り左に曲がる。
 ───その全貌は、本当に「巨大」の一言に限った。
 十階建て、いやそれ以上はあるであろう二つの建物で構成されたデパートは、数回置きにアーチ状の連絡通路が渡されてある。
 しかも上に遊園地、だと……?
 ここまで着たらもはやデパートなどと言う時限ではない、ただのお城だよ。

「おおっ、上に遊園地があるじゃないですか! 買い物が終わったら一緒に行きましょうよご主人!」
「えぇ?! やだよ、今日は操作端末買いに来ただけだから! ていうか言ったとしても、あんた実体無いんだからどうせなんも出来ないでしょ?!」
「えー、行きましょうよご主人ー!」
「だーめ!」
「……」
「……あれ?」

 突然あいつが黙ったもんだからビックリした。
 慌てて携帯の画面を覗き込んでみると、そこには───ぶすっと頬を膨らませてむくれるAIがいた。

「ちょっと、え……? なに……?」
「あー、あー! もう、ご主人はほんっとにデリカシーって物が皆無ですよね!」
「なッ、あ、あんたに言われる筋合いなんて……!」
「俺だってやってみたいモンはあるんですよ! もう良いです! 買い物でもメリーゴーランドでもご主人一人で乗って来ちゃってください!」
「いやだから乗らないんだって!」

 強い口調で言い切る。同時に、丁度先ほど私がいた所とデパートの敷地を結んでいた横断歩道を渡りきった。
 とその時。

「───った!」

 エネオスと離しているのに夢中になり過ぎて前を見ていなかった所為だ。思い切り人にぶつかってしまう。

「あ、わ、す、すみませ───」

 何せ二年も自宅警備をしていたので生身の人間とのコミュニケーションはほとんどしていなかった。
 その所為か、思い切りどもってしまう。
 そして、相手の顔を見ようと顔を上げ、不意にその人物と目が合った。

 瞬間、私の時間が凍り付いた。

 こんなにも暑い日だと言うのに何故か紫色の長袖パーカーを着込んでおり、フードも被っている為にハッキリと見えた訳ではない。
 だけど一瞬だけわずかに覗いた目はこの上なく冷たく、人間のそれとは思えないほど無機質な物に思えた。
 何か見ては行けない様な物を見てしまった感覚に陥り、一瞬にして今までに無い量の汗が噴き出す。それも冷や汗。

「あ、いやえっと、その、すいませ───」

 なにやってんだろ、私。
 どもりまくりの謝罪で頭を下げる。コミュ障なのバレバレじゃないか。
 あぁだめだ、殺されるよ。

「───……いいよ、別に。悪かったな」
「え……?」

 予想していなかった発言に下げていた頭を上げると、その人物はもう跡形も無くいなくなってしまっていた。
 一気に気が抜けて、ヘナヘナとしゃがみ込んでしまいそうなのを必死で耐える。
 なんだったんだろう。

 もう本当に最悪だ。泣きそう。
 早い所操作端末化って帰ろう。
 ていうかいっその事今からこのまま帰って───。

「……───ぅぶですか」
「へ?」
「大丈夫ですかって聞いてるんです」

 イヤホンから聞こえて来た声を聞いて、勢い良く握っていた携帯の画面を覗き込む。
 そこには、まだむくれ顔だけど私の様子をうかがって来ているエネオスの姿があった。

「え、あ、うん……」
「そうですか」

 そう淡々と言って、再び視線をそらすそいつ。

 や、やばい……!
 いつも以上に機嫌悪い!

 体内に警報音が絶え間なく鳴り響き、引いた筈の汗が再び出て来た。
 こいつのナビ無いと、私道分かんないよ……!

「ほ、ほら! わ、悪かった! ごめんね! ごめんね?! ほら、あれ! あの最上階の遊園地! 後で行こうね! 一緒に行こう!」

 とたんに、そいつの目が「キラン」と輝いたのを私は残念ながら見逃さなかった。
 咄嗟だったとは言え、随分とマズいボタンを押してしまった気がする。

「遊園地?! 今ご主人、行くって言いましたよね! 言いましたよね!」
「え、う、うん……」

 つぅ、と頬の横を冷たい汗が流れて行く。
 ───ええい、もうどうにでもなれ!

「う、うん! たまには、ね! 良いでしょう!!」
「本当ですか?! じゃ、じゃあじゃあ! 俺、あれ! あの上がったり下がったりしてる奴乗りたいです! あぁ後あのーなんでしたっけ! そう、ゴーカート! あれのやりたいです! それと、ええと、ええっと……!!」

 想像以上にテンション上々になってしまったそいつを見て内心実はちょっと後悔したりもしたが、まぁ別に良いかな、と思えた。
 こいつも……エネオスも、外の世界に驚いてるんだなぁ。

 考えてみれば、こいつが私の所に来たのは私が引きニートを始めた後だった。つまり、こいつが外出するのは今回が初めて。
 新しい発見に、一喜一憂するんだろうな。

 後悔が無いなんて言うのは嘘だけど、まぁ、いいかなぁ。

 まだまだはしゃいで携帯のバイブ機能を使って携帯を揺らしているエネオスを連れて、私はデパートの建物の中へと入って行った。







(ああッ、メリーゴーランドは外せませんね!)
(あー、はいはい)
(後で一緒に乗りましょうね、ご主人!)
(はいはい)
(……一緒にメリーゴーランドって恋人みたいですね!)
(はいはい……───はい?)
(ぷっくく……)


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