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「全く、僕が通りすがらなかったらどうなっていたか…!」
「す、すんませんっ……」
やぁみんな、元気かい?
そんな事聞いときながら何だが、俺は絶賛アンハッピーだ。
先ほどの騒ぎの途中、奇跡的にも偶然車で通りかかった俺のマネージャーさんが俺を救出してくれたのだ。あ、マネージャーと言うのは芸能関係のあれだ。
とそんな事が有り、俺は今マネージャーさんにしかられながら学校へと送ってもらっている。車で。
とは言ってもさっきの騒動でほぼ確実に遅刻だ。
はぁ…、と行き場を失くした溜め息を宙に放り出す。
と同時に、マネさんの「聞いてるのかい?!」と言う鋭い声が聞こえたので、俺は慌てて「はいぃ!!」と背筋をピシッ、と伸ばした。ヤベ、急にやり過ぎて今背骨がボキッて言った様な……。
「はぁ、全く……。とにかく、トウヤくん。君は『芸能人』なんだ。他の人とは違うんだよ、分かるかい?」
「はぃ……」
少々しょんぼりしながら返事をする。
俺は、そんなに普通とは違うのだろうか……?
「分かればよし! ほら、着いたよ」
「あ、はい! ありがとうございました」
小さくお辞儀をして、車から歩道側へ降りる。
と、すぐにマネさんが自分の席の窓を開け、口を開いた。
「今日、一時からの収録。忘れない様にね」
「…はい!」
俺の返事を聞いて微笑んだマネージャーさんは、薄く微笑んでから窓を閉め、車のエンジンの音を小さく轟かせながら行ってしまった。
その黒塗りの車がある程度まで行くのを見守った所で、俺は踵を返し職員玄関へと向かった。
朝はあんなに余裕を持って(とは言っても五分ぽっちだが)出かけられたのに、結局は堂々と遅刻。
今のこの時間、正門は開いていないだろう。後門も、期待出来ない。
と言う訳で、使える事が確実なのは職員玄関だけだった。
少し歩くと左に曲がり、すぐそこにそれはある。
確実に入れると言ってもただ鍵が開いていて誰でもすぐに通れると言うのではなく、職員室にいる担当の教師に、玄関のすぐそばにある壁に設置されたインターフォンで確認を取ってもらわないと行けないのだ。
教師や生徒、その他諸々スタッフや用があって来た親御さんなどでない限り、入れない様になっている。
俺はすぐに、インターフォンのボタンを軽くポチッと押し込んだ。
すぐにプルルルル…、という着信音が聞こえ、少しすると担当の女教師の声が聞こえて来た。
「はい、どちらさまでしょうか?」
「あ、えと、一年の如月、です……」
「あぁ、如月くんね。すぐに鍵開けるから、待ってちょうだい」
最近は学校に遅れた際、この職員玄関で「如月です…」と言うだけで「あぁそう」と通してもらえるほど手慣れられた。
俺の仕事事情は学校公認で、誰もがその事を知っていた。だからだろう、遅れても何ら文句を言われない。
それもそれで、すこしいやだった。
他とは違う、と思い知らされているようだったから。
……まぁそれはそれで置いておいて。
今日も遅刻だ、怒られる事すらないかもしれないが、覚悟しておこう。
そう思っていると、カチャリと開いた職員玄関の自動ロック。
小さくカッチポーズを決めながら気合いを入れ、俺は再びドアがロックしてしまわないうちにそれをくぐった。
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「ふぅ…」
小さく溜め息をつき、下駄箱の扉をカチャ、と閉める。
ついさっき、下駄箱に到着し、靴を履き替えたばかりだ。
靴がきちんとはまっているか確認し、下駄箱の扉もチェックする。
床に置いていたカバンを持ち上げ、再び小さく息を吐いた。
朝の騒動の所為か、もう既に体力は底をつきかけている。一連の動作だけでまたHPを少なからずもぎ取られた気がする。
そして、今進められているだろう二時限目の補習授業の教室へと足を進めようと、振り返ったその瞬間。
バコッ、と音を立てて俺の額に鈍い痛みが響き渡った。
「あだッ?!」
「じゃねぇよ。お前遅刻すんのはしょうがねぇが連絡ぐらいしやがれ」
そこには、今日の俺の補習授業一元目担当だった男性教師がいた。
この人もまた、俺の芸能事情を理解しているので特に口出しはして来ない。
「はい、ごめんなさい…」
申し訳なさそうに漏らす。
そしてそんな俺を、しょうがねぇな、とでも言う様に頭をかきながら見る先生。
「…つかお前、スケジュールチェックしてねぇだろ」
「え? ぁ、そう言えば最近は…」
仕事が忙しくてみていなかった。
確かに補習スケジュールの上には各時限の科目とかも書いてあるが、俺は毎回全科目の教科書を持って来ているのでそこは特に問題無い。
そんな俺が、スケジュールをチェックしていなくて何か問題でもあるのだろうか。
次の科目は確か数学、その後に、えーと………。
「今日、一年休みだぞ」
「そうですよね、次の科目算数ですよねぇ……───────…ん?」
一瞬、先生の言葉が暗号の様に聞こえた。…………いや、授業中っていつも暗号だっけ。
今日、一年、休み……?
脳の中で先ほど先生が口にしたキーワードが反響する。
そして、その情報を未だ働かない脳内で繋ぎ合わせてみた。
今日は、一年生、補習、休み…………?
「─────ええええぇぇぇぇぇぇ?!!!」
「うぅお?!! な、んだよどうしたんだよ?!」
「なん、せんせ、ええぇ?!! 今日やす、はぁ?! どうしたんですか!!」
「そりゃこっちの台詞だ! どうしたんだよお前……」
質問返しと言う奴だろうか、俺が聞いた事を先生がそっくりそのまま返して来た。
そのおかげで俺の頭は真っ白、白紙に戻ってしまった。いや、元々何も書いていなかったも同然なのだが。
「今日は一年生補習ねぇんだよ。有るのは二三年だけ。お前今日学校来てもなんもねぇぞ?」
「はあああ……?」
俺は一気に脱力して、地面に座り込んでしまった。あぁ、尻が痛い。
今日、補習が無い。
と言う事は、今日商店街で無駄にチヤホヤされたのも。
バスを待っていた行列に囲まれたのも。
補習授業に遅刻したかと思って焦ったのも。
「全部、無駄足……?」
「………まぁ、なんだ。今日はその、取りあえず一旦帰れ。この後仕事あんだろ? 家帰ってゆっくり休んでこい」
「……はい…」
俺はふらふらとした足取りで立ち上がり、床に落としてしまっていたカバンを拾い上げた。
そしてこれまたおぼつかない足使いで自分の下駄箱へと足を運び、校内で穿く上履きから履いて来たスニーカーに履き替える。
そのまま先生に小さくお辞儀をし、ふらつきながら学校をあとにした。
後ろから先生の「ぉお〜い如月ぃ〜、だいじょぶかぁ〜?」と言う間の抜けた声が聞こえたかもしれなかったが、そんな事は詳しく覚えていない。
披露でなんだか痛くなって来た関節を動かし、学校の庭を徘徊した。
何をしようか、どこに行こうか。
そんな疑問が、脳内を巡り巡った。
(あぁ〜、無駄足だったぁ……)
(さて、どこに行こう……)
(ご主人の為にも、良いとこ見付けるぞ…!)
(そろそろ迎えに行くか………新入り)
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