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陽炎の眼差し。
橙 T 。



 散々だなぁ……本当に、辞めてしまおうかな……。







 俺は如月トウヤ。
 まぁなんだ。
 現在俺は、どこかの路地裏で息をひそめている。
 何故か目からは、小さな雫が止めどなく流れ落ちてもいる。
 一体どうして、こうなったかと言うと……────────。


 今朝俺は、いつもと同じ様に学校に行く為家を出た。
 いつも通りの制服。いつも通りの通学路。いつも通りの町並み。いつも通りの人々。
 何もかもが、普段通りだっただった。

 だけど、少しだけ違う所があった。




 今日は少し早めに家を出られたな……。




 そう。
 いつもは遅刻寸前な所、今日は約五分間余裕を持って家を出たのだ。
 五分だけでこうも違うとは思わなかった。今度からこの時間に出発しようか。
 …………いやいや、今日はたまたま早起き出来ただけだ。いつもは母に無理矢理起こされでもしないと起きないぐらいに寝癖が悪い。らしい。
 ので、この作戦はなしってことで。はい、ビリビリ、ぽい。

 てな感じでプチ脳内抗争を起こしながら通学路の途中にある商店街を抜けていると、あちらこちらから声をかけられた。


「トウヤくん、今日もイケてるねぇ!」
「休日にまで学校とは、ご苦労さんだねぇ」
「よッ、わが町の星ッ!」
「あ、あははは……ど、どうもぉ…」


 八百屋、魚屋、花屋。
 通り過ぎる店の店員さんやら店長さんやらが次々と声をかけて来てくれる中、俺は乾いた笑いと苦笑いしか返せなかった。

 俺は一応、芸能人と言う職に就かせてもらっている。
 まぁ気に入っているいないはどうでも良いとして、数ヶ月前に母が収入困難になったので始めた仕事だ。
 元々、数回スカウトはされていた。でも断っていた。
 だけど、家がそんな状況になってしまったので少しでも母の負担を減らせればと思って承諾したのだ。

 と、言う訳で。

 町でもとにかくチヤホヤされ続けている。
 正直少しうっとうしいし、『芸能人』と言う職務もそこまで好きではない。
 ただただ、全てが『仕方ないから』。出来る限り『目立ちたくないから』。


「……とにかく、急ごう」


 そう呟いて、歩くスピードを速める。
 商店街を通り抜け、突き当たりを左に曲がった。

 瞬間。
 俺は自分の浅はかな行動を後悔した。

 バスの運行が遅れでもしたのだろうか。今この時間いつもならとっくに出発している筈の二百三十八番バスが今目の前に有り、そのドアの前には老若男女学生サラリーマンで長蛇の列が作り出されていた。
 そして、その人混みの中の『目』という『目』が全て、『俺』と言う存在に向けられていた。


「ぁ、いやそのぉ………ど、どうもぉ…」


 今にもギシギシと言い出しそうな動作で苦笑いをこぼし、右手をふる。

 瞬間。
 歓声がその場を満たし、俺は人の渦に溺れた。



・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・




「全く、僕が通りすがらなかったらどうなっていたか…!」
「す、すんませんっ……」


 やぁみんな、元気かい?
 そんな事聞いときながら何だが、俺は絶賛アンハッピーだ。

 先ほどの騒ぎの途中、奇跡的にも偶然車で通りかかった俺のマネージャーさんが俺を救出してくれたのだ。あ、マネージャーと言うのは芸能関係のあれだ。
 とそんな事が有り、俺は今マネージャーさんにしかられながら学校へと送ってもらっている。車で。
 とは言ってもさっきの騒動でほぼ確実に遅刻だ。

 はぁ…、と行き場を失くした溜め息を宙に放り出す。
 と同時に、マネさんの「聞いてるのかい?!」と言う鋭い声が聞こえたので、俺は慌てて「はいぃ!!」と背筋をピシッ、と伸ばした。ヤベ、急にやり過ぎて今背骨がボキッて言った様な……。


「はぁ、全く……。とにかく、トウヤくん。君は『芸能人』なんだ。他の人とは違うんだよ、分かるかい?」
「はぃ……」


 少々しょんぼりしながら返事をする。
 俺は、そんなに普通とは違うのだろうか……?


「分かればよし! ほら、着いたよ」
「あ、はい! ありがとうございました」


 小さくお辞儀をして、車から歩道側へ降りる。
 と、すぐにマネさんが自分の席の窓を開け、口を開いた。


「今日、一時からの収録。忘れない様にね」
「…はい!」


 俺の返事を聞いて微笑んだマネージャーさんは、薄く微笑んでから窓を閉め、車のエンジンの音を小さく轟かせながら行ってしまった。
 その黒塗りの車がある程度まで行くのを見守った所で、俺は踵を返し職員玄関へと向かった。

 朝はあんなに余裕を持って(とは言っても五分ぽっちだが)出かけられたのに、結局は堂々と遅刻。
 今のこの時間、正門は開いていないだろう。後門も、期待出来ない。
 と言う訳で、使える事が確実なのは職員玄関だけだった。

 少し歩くと左に曲がり、すぐそこにそれはある。
 確実に入れると言ってもただ鍵が開いていて誰でもすぐに通れると言うのではなく、職員室にいる担当の教師に、玄関のすぐそばにある壁に設置されたインターフォンで確認を取ってもらわないと行けないのだ。
 教師や生徒、その他諸々スタッフや用があって来た親御さんなどでない限り、入れない様になっている。

 俺はすぐに、インターフォンのボタンを軽くポチッと押し込んだ。
 すぐにプルルルル…、という着信音が聞こえ、少しすると担当の女教師の声が聞こえて来た。


「はい、どちらさまでしょうか?」
「あ、えと、一年の如月、です……」
「あぁ、如月くんね。すぐに鍵開けるから、待ってちょうだい」


 最近は学校に遅れた際、この職員玄関で「如月です…」と言うだけで「あぁそう」と通してもらえるほど手慣れられた。
 俺の仕事事情は学校公認で、誰もがその事を知っていた。だからだろう、遅れても何ら文句を言われない。

 それもそれで、すこしいやだった。

 他とは違う、と思い知らされているようだったから。

 ……まぁそれはそれで置いておいて。
 今日も遅刻だ、怒られる事すらないかもしれないが、覚悟しておこう。

 そう思っていると、カチャリと開いた職員玄関の自動ロック。
 小さくカッチポーズを決めながら気合いを入れ、俺は再びドアがロックしてしまわないうちにそれをくぐった。



・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・




「ふぅ…」


 小さく溜め息をつき、下駄箱の扉をカチャ、と閉める。
 ついさっき、下駄箱に到着し、靴を履き替えたばかりだ。

 靴がきちんとはまっているか確認し、下駄箱の扉もチェックする。
 床に置いていたカバンを持ち上げ、再び小さく息を吐いた。

 朝の騒動の所為か、もう既に体力は底をつきかけている。一連の動作だけでまたHPを少なからずもぎ取られた気がする。

 そして、今進められているだろう二時限目の補習授業の教室へと足を進めようと、振り返ったその瞬間。
 バコッ、と音を立てて俺の額に鈍い痛みが響き渡った。


「あだッ?!」
「じゃねぇよ。お前遅刻すんのはしょうがねぇが連絡ぐらいしやがれ」


 そこには、今日の俺の補習授業一元目担当だった男性教師がいた。
 この人もまた、俺の芸能事情を理解しているので特に口出しはして来ない。


「はい、ごめんなさい…」


 申し訳なさそうに漏らす。
 そしてそんな俺を、しょうがねぇな、とでも言う様に頭をかきながら見る先生。


「…つかお前、スケジュールチェックしてねぇだろ」
「え? ぁ、そう言えば最近は…」


 仕事が忙しくてみていなかった。

 確かに補習スケジュールの上には各時限の科目とかも書いてあるが、俺は毎回全科目の教科書を持って来ているのでそこは特に問題無い。
 そんな俺が、スケジュールをチェックしていなくて何か問題でもあるのだろうか。
 次の科目は確か数学、その後に、えーと………。


「今日、一年休みだぞ」
「そうですよね、次の科目算数ですよねぇ……───────…ん?」


 一瞬、先生の言葉が暗号の様に聞こえた。…………いや、授業中っていつも暗号だっけ。

 今日、一年、休み……?
 脳の中で先ほど先生が口にしたキーワードが反響する。
 そして、その情報を未だ働かない脳内で繋ぎ合わせてみた。

 今日は、一年生、補習、休み…………?


「─────ええええぇぇぇぇぇぇ?!!!」
「うぅお?!! な、んだよどうしたんだよ?!」
「なん、せんせ、ええぇ?!! 今日やす、はぁ?! どうしたんですか!!」
「そりゃこっちの台詞だ! どうしたんだよお前……」


 質問返しと言う奴だろうか、俺が聞いた事を先生がそっくりそのまま返して来た。
 そのおかげで俺の頭は真っ白、白紙に戻ってしまった。いや、元々何も書いていなかったも同然なのだが。


「今日は一年生補習ねぇんだよ。有るのは二三年だけ。お前今日学校来てもなんもねぇぞ?」
「はあああ……?」


 俺は一気に脱力して、地面に座り込んでしまった。あぁ、尻が痛い。
 今日、補習が無い。
 と言う事は、今日商店街で無駄にチヤホヤされたのも。
 バスを待っていた行列に囲まれたのも。
 補習授業に遅刻したかと思って焦ったのも。


「全部、無駄足……?」
「………まぁ、なんだ。今日はその、取りあえず一旦帰れ。この後仕事あんだろ? 家帰ってゆっくり休んでこい」
「……はい…」


 俺はふらふらとした足取りで立ち上がり、床に落としてしまっていたカバンを拾い上げた。
 そしてこれまたおぼつかない足使いで自分の下駄箱へと足を運び、校内で穿く上履きから履いて来たスニーカーに履き替える。
 そのまま先生に小さくお辞儀をし、ふらつきながら学校をあとにした。

 後ろから先生の「ぉお〜い如月ぃ〜、だいじょぶかぁ〜?」と言う間の抜けた声が聞こえたかもしれなかったが、そんな事は詳しく覚えていない。

 披露でなんだか痛くなって来た関節を動かし、学校の庭を徘徊した。

 何をしようか、どこに行こうか。
 そんな疑問が、脳内を巡り巡った。







(あぁ〜、無駄足だったぁ……)
(さて、どこに行こう……)
(ご主人の為にも、良いとこ見付けるぞ…!)
(そろそろ迎えに行くか………新入り)


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