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陽炎の眼差し。
赤と青 T 。



ジリリリリリリリィィイイイイッッッ!!!!!



「うほぁぁぁあああああっ!!!??」


やかましいサイレンの音で目を覚ました。
そして、驚いた拍子に飛び上がった所為でベッドから転げ落ちてしまう。
と、同時に、


「ッ…!!」


むこうずねを思い切り床に打ち付けた。
やばい、絶対に青あざ出来る。


「おっはようコザイマッスご主人ッ!!」
「ぉまッ…!」


その声を聞いた瞬間、犯人の特定は安易な事となった。

むこうずねを打ったあまりの痛さに涙目になりながら私・如月シンナは、パソコンのディスプレイの奥でこれまた泣きださんばかりに笑い転げている事の犯人・エネオスを睨みつけた。
いや、普通に考えたら涙目+睨みなんて女の子の必殺技でしょ?でも私は極日常的にそれを炸裂させている。
女?そんな物とっくに捨てたやったよ。


「はっ…ぃひっ…!」
「いい加減笑い止め!!」
「む、無理おっしゃらないでくださっ、ご主人……ブッ!!」
「私の顔見てまた吹き出すな!!!」


やっと笑いをこらえて返事をしたと思ったら拒否権をいらん所で使っているし、こっちみた瞬間に思い出し笑いみたいに吹き出すし。
なんだ、なんなんだこれ。

こんな生活が続いて約一年ぐらいだろうか。
こいつと私の出会い方はこうだった…──────



突如としてメールアカウントに滑り込んで来た音信不通の便り。
今この時この時間、こいつとこんな会話をする事になる事を知っていたなら絶対に開く事などなかったであろうそのメールの所為で私の生活は今このように胃潰瘍寸前ものとなっている。

そのメールを開いた瞬間。
あの時の事は今でも良く分からない。
突如としてパソコンの画面全体が淡く群青色に輝いたかと思うと、次の瞬間に現れた服装を全体的に青でまとめ、ヘッドフォンを付けた美少年。
最初は不覚にも、「かっこいい…」なんて思った事もあった。うん、あったよ。認めるよ。

そいつがこちらに気付くと目を輝かせて突然「ご主人!!」とか言って来たから思わず驚いて「う、うわぁぁぁあああああ!!?」とか叫んでしまったのは別の話。
そしてその叫び声を聞きつけて部屋に駆けつけたお母さんがパソコンの画面の奥にたたずむ『美少年』に気付いて「これはどう言う事なのシンナぁあ!?」と小三時間ほど怒鳴られ続けたのもまた別の別の話。
そして私がそのときふとパソコンの画面に目をやったらそいつが端末中のファイルを片っ端からひっくり返して色々眺めて「ほぉう……」とか「ご主人はこんな趣味をお持ちで…」とか言っていたので私がそいつに向かって怒鳴ったらお母さんに「シンナ!聞いてるの!?」と説教時間を二倍にされたのも別の別の、そのまた別のお話。



…──────……まぁとにかく、こいつとの出会いは私の生活をマジで。本気で。本当に、ストレスフルにしてしまった。
デリートしようとしてもインターネットにバックアップがあるんだなんだで無理。
それならパソコンのインターネットを切れば済む話だろうけど、そんな生き地獄、何分も耐えられる自信が無い。
少し前からの生活で、私はインターネット無くしては生きて行けない体質になってしまった。
携帯を使えば良いかもしれないけど私の部屋はどうも電波状況が悪い。というか長い事使ってないのでそもそも使えるのかどうかも怪しい。
という理由で、私はこいつと嫌な意味で『離れられない』、インターネットを切ってこいつが侵入出来なくなっても私が死んでしまっては正に本末転倒である。
と、言う訳でこの悪循環。神様私なんか悪い事した?
敵、つまりエネミーが故にエネ。その男だからエネオスってか。最初は「あんたどこの石油会社だよ」とか思ったけど、こう考えたら納得が行った。

ちなみに現在、私はさっきまでいつも趣味で書いているオンライン小説のウィンドウを最小化させ、新しいウィンドウを開いて某動画サイトにログイン使用としていた。


が。


さっきから何度やってもログイン出来ない。どうやら、ログインパスワードが間違っているらしかった。
一文字一文字丁寧に一つずつ入力してみるが、やはり画面は「ご入力されたパスワードは間違っています。」の一点張り。
と言う事は十中八九。いや、残り一二でさえ、


「……ちょっと」
「はい?」


こいつの仕業である。
いじらしい仕草で首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせている。
最初の頃は「いや、やっぱなんでもない…」と騙されていた私だが、今回はそうもいかないぞ。


「私のログインパス、変えたでしょ」
「おぉ!ご主人は反応が早くて何よりです!」


戻してよ、今すぐ。
そう目線で訴えると「まぁまぁ落ち着いてくださいよ」と左右に振った。
私は至って冷静だ、今すぐ戻せ。


「そう言うと思ってですね!」
「…?」
「こんな物をご用意致しました〜!」


そいつは「パンパカパーン!」と片手を宙に上げた。
瞬間、画面上に現れた「小説の変更を保存しますか?」というポップアップの問いに「いいえ」が選択され、開いていたウィンドウは全て跡形も無く消え去った。(最小化ではないがそうであってほしかった。)


「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!???」


そして、何やらクイズの用な物が画面に表示される。


「それでは第一問!これに正解したらログインパスの最初の人文字を─────」
「ちょっと!?何、あんた馬鹿!?死ぬの、死にたいの!!?小説!小説!!保存!!これ!これ!!」


画面を指差しながら叫び散らす。
今日は折角ヒロインがずっと思い馳せていた幼なじみに告白して、その幼なじみが返事をするという大大大シーンを執筆中だったのに…!!
今ので全て消え去ってしまった。あぁ、さよなら私の三時間に及ぶ努力の結晶……。


「はぁあ〜…」


急に足の力が抜けて、立っていられなくなり、再び椅子に座り込んだ。
デスクの上に肘をつき、頭を抱える。

と、肘に嫌な衝撃が走ると同時に、「コトッ」という軽い音が鳴った。


「ああぁ!!ご主人飲み物!!」
「え…?」


────某会社制作の黒い炭酸飲料が、操作端末にしみ込んでいた。


「いぃやぁぁぁあああああああ!!!!!!」


もう何度目か分からない叫び声をあげて、慌ててティッシュをキーボードとマウシに叩き付ける。


一心不乱に作業を続けた結果。
キーボード、反映される文字は『o』、『r』、そして『t』のみ。
マウス、反応するのは右クリックのみ。

操作端末が死んだ。まずい、これではパソコンを使う事が出来ない。


「ご主人!これ『トロロ』と打てますよ!あ、『おっと』もいけます!お、『音』もいけますね!はっ、そうですご主人!『トトr────」
「もうそれ以上喋らないでよ、もう……」


起こる気力も体力も無くて、ただうなるしか無い。





静寂。



閑静。



閑寂。



寂静。





………あれ、可笑しい。
確かに黙れと言った。
でも、あいつがそんなに素直に話を聞いた試しなんて…──────。

そう思い、顔を上げてパソコン画面に目を向けた。
そして脳に叩き込まれた風景は、あまりにも的外れな物だった。
物凄い量の通販サイトを後ろに立ち上げ、たまにうつむきながらもこちらの様子をうかがうそいつが、そこにいた。
これはまさか。まさか……?


「ぁ、あのですね、ご主人……」
「ぇ、あんた……反省…してるの…?」
「ッ!!」


図星なのか、あわててうつむくそいつ。
その態度に、私は何故か出会ったばかりで素直だったこいつの事を思い出して、こっちまでうつむいてしまった。
意味不明な沈黙が当たりに広がる。
まずい、なんなんだこの気まずい空気…!
な、何か言わなくちゃ…!!


「ぁ、あのさっ、まぁ、その、な、何!どうせこいつら結構古かったしさっ!そろそろ買い替えようと思ってたんだよねぇ〜!!あ、あははははっ!」


気まずくなって頭を掻きながら、乾いた笑いを発する。
そしてもちろん私は、そいつも「そ、そうですか!?」とかそう言う感じに返して来ると思っていた。


が。


またしても私の期待は、木っ端微塵に玉砕されたのである。
顔を上げてパソコンの画面を見やると目に入ったのは、片っ端から通販サイトをひっくり返すそいつだった。


「で・す・よ・ね〜!!いやぁ〜、やっぱりご主人も買い替えた方が良いと思いますよねぇ!!ていうかそのキーボードとマウス本当に随分持ちましたよねぇ〜!」


口があんぐりと開いた。顎が外れる程の体験はこれで最後だと思いたい。
なんだか分けの分からない虚しさが私の心の中に広がって行く。
と言うか、一年ぐらい前に来たばかりのお前にこの子達の何が分かる。


「あり?でもそうか、まずいですねぇ……」
「……え?なにがマズいの?はぁ、まぁ取り合えず、即日配達なとこさがしてよ」
「それがですねご主人。今日、何月何日か分かります?」


何を言っているんだこいつは。
空虚感から一時離脱し、引っかかったそいつの発言に反応した。
何月何日?そんなの…………


「8月14日に決まって……っあ!!」
「御盆なんですよ。どこもかしこも御盆休みで、即日配達はほとんど明後日からです」


「ほら」といってそいつが指差すのは、「即日配達不能」というアイコン。
明後日って……二日後…?


「そんな……」
「ああぁご主人!お気を確かに!!」


人を病人みたいに扱わないでくれる?
なんか、生と死の境界をさまよっている長寿者みたいにしないでくれるかな?

でも、これは本当に死ぬかもしれない。
二年ほど前からの生活で、すっかり私はパソコン依存症候群だ。
私に取ってパソコンは空気、酸素だ。それほどパソコンは、私に取って大きな存在。
それを、パソコンを、酸素を。
抜きで、二日間遣って行ける自信が全く、少しも、一ミリもない。

せめてパソコンの中にいるこいつが少しでも話の分かる奴だったら良かった。
そうであれば、そいつをマウスやキーボード代わりに色々動いてもらう事だって出来ただろうに。

もし、こっちからお願いしてみたならば。
…………駄目だ、きっとさっきみたいにクイズで「この問題に正解するとご主人の入力したい言葉をひと文字入力する事が出来ます」とか言ってくるに違いない。
やっぱり二日間ぐらい我慢…。
…………いかんいかん、これも駄目、死亡率は百二十パーセントだ。
と、なると……──────


「…────」
「…?ご主人?どうかしました?」
「……はぁ…ま、いっか」


そいつの問いかけをガン無視し、溜め息をつきながら立ち上がる。
そして、部屋の隅に置かれている大きなクローゼットのスライド式のドアを開け放つ。
瞬間、すこしカビ臭い空気が部屋中に広がった。


「ご、ご主人…!?」


後ろから「あり得ない!!」と言わんばかりの声が聞こえて来る。
それもそうだ、というか私もこんな事になるなんて全く持って思っていなかった。
クローゼットを開けたのなんて、何ヶ月ぶりか分からない。少なくとも一年三ヶ月は開いていなかった。
だって、ここに年間ずっと良く言えば自宅警備員、悪く言えば……─────────…『ヒキニート』生活を続けていたのだから。
この二年間、ずっと二枚の肌着とジーンズだけで生きて来た。ずっと室内だったから、寒かったり熱かったりはあまり無かった。
そんな私が、突然クローゼットを開いたのだ。こいつも、驚く時は驚くらしい。

私はクローゼットの中に掛かっている羽織り物を物色し、中から赤いジャージを取り出した。………うん、今日はこれで良い。
最初にジャージの右手を通して、その後左手も通す。うん、まだ着れる。


「ご主人一体何を…」
「……買い物」
「…は?」
「買い物だよ悪い!!?私だって買い物いくの、ていうか行かなかったら私死ぬの!!」


いつもならいやに早く理解するのに、今回に限って未だ理解していないそいつに腹が立って思わず力一杯叫んでしまった。
…………ちょっとスッキリしたからまぁいっか。←

デスクの引き出しからちっさいポーチを取り出して、必要な物を考える。
代金の為の財布でしょ。ほかには…………特にないか。
クローゼットの内側に取り付けてある鏡に身を映す。
うんまぁ、これで良いと思う。


「…それじゃあ行って来るから」
「あっ、ご主人ちょっと待ってください!!」
「何?言っとくけど私の留守中に変な事したら許さな────」
「そうじゃなくてですね!!」
「は?」


さっきから全然教えてくれないそいつに私はだんだん腹が立って来た。
恥ずかしそうにうつむきながら、「ちょっとは察せよ!!」とでも言いたそうな視線をこちらに向けて来る。いや、だったら教えなさいって。


「だからですねぇ!─────















────俺も連れてってください!!」
「………は?」


なに、私さっきから「は?」ばっかりなんだけど。
本当に訳が分からない。何?連れて行け?どうして、また。


「ほ、ほら!俺がついてったら色々ナビとかも出来ますし!!」
「…なるほど…?」


でもどうやって連れて行けと言うのだろう。
パソコンを担いで行けとでも言うのだろうか。ふざけるなデリートしてインターネット切るぞこの野郎。


「……じゃあ連れてったげるから出て来てよ」
「本当ですか!?」


その言葉を聞いた瞬間、そいつの瞳はまるで新しい遊具を手に入れた子供のそれの用に輝いた。
そして、そいつは左手を持ち上げ、私のベッドの方を指差した。


「それじゃあ、あれ…!」
「え?」










──────そこには、少しだけ埃を被ったタッチパネル式の携帯電話が置かれていた。







(にしても、どこに買いに行こうか……)
(外に、行けるんだ…!!)
(……──────…散々だなぁ…)


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