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雪、溶ける。
崖登り、来る!



「うおおぉぉぉぉおおおおお!!!」


 野太い様な、だけど大人の男性にしては高すぎる様な叫びが辺りに響き渡る。
 その声は、他でもない私の兄────沢田綱吉から発せられた物だった。

 彼は、兄さんは今、崖を素手で登っていた。半裸で。……寒くないのかな。
 その様子を、崖の下に流れている川から顔を出す岩の上に立って、私はリボーンさんと共に見守っていた。


『……相も変わらず物凄い迫力ですね、兄さんの死ぬ気モードは』
「……お前には遠く及ばねぇぞ、雪菜。昨日の騒動……見てたんだな」
『あ、あはは……』


 リボーンさんに見事全てを言い当てられ、苦笑いをこぼす事しか出来ない。

 私は昨日、実は朝の騒動から……いや、正確にはそれ以前から兄さん達をつけていた。朝、兄さんが家を出て、武さんや隼人さんと合流した時ぐらいから。……ストーカーとか言ったら駄目だ。
 それで、スクアーロと戦ったときの兄さんの死ぬ気モードを目の当たりにした。
 荒々しくも、その攻撃は何処か深手を負わせない為に力を加減していて。
 何故だか、流石だと思えた。


「登る登る登る登る登るぅ!!!」
『……ふふっ、いいなぁ、兄さん。元気に動き回れて』
「……そういやお前、治療の方は大丈夫なのか」
『! ……ふぅ。本当に、何もかもバレバレなんですね。リボーンさんには』


 そう言いながら、また私は苦く笑った。
 その返事に、「当然だぞ。俺は世界最強のヒットマンだからな」とさも当たり前の様に、胸を張って返された。
 私は笑って、『それもそうですね』と返す。


『体の方は、心配しないでください。大丈夫……とは言いがたいかもしれませんが、まぁ……大丈夫ですから!』
「……そうか」


 さっきから苦笑いが止まらない。
 ちゃんと笑ってないと、心配をかけてしまうのに。
 リボーンさんも納得してはくれたが、きっと内心では未だ疑ってるに違いない。

 心配をかけない為には、どうすればいい……?


「登る登る登る登るぅう!!!」



 シュウゥゥ〜……


 まるで火に水を注いだかの様な音と共に、兄さんの様子が突然変化した。


「あ、あれ……?」


 野太い声から一転、高くて、まるで女のそれの様な声を発する兄さん。
 ……あちゃ。


「戻っちまったな」
『は、はい……』







 大丈夫だろうか。




 そう思った矢先だった。


「ひぃいっ、お、落ちるぅう!!」


 自分の現状を把握したのか、甲高い叫びを上げながら、その体勢のまま竦み上がってしまう兄さん。
 その体勢でそんな事したら……!


「う、わあぁぁああああ!!」
『ッ! 兄さん!』



 バッシャアァァアンッ!!


 大きな水しぶきを上げながら、兄さんが川に落ちて来た。
 濡れる事も構わずに、私は思い切り川に向かって飛び込む。
 私はもしかしたら、必要以上に焦っていたかもしれない。今思えばあの川は、足が着く様な浅さだったんだ。
 だけど、慌てずにはいられなかった。
 だって、リボーンさんに聞いた話によれば、兄さんは────



    ────泳げないんだ!


『ッ大丈夫、兄さん?』
「ぷぁッ!! げほっ、げほっげほっ……」


 兄さんの両手を掴んで引き上げると、彼は思い切りむせ返った。……川の水、少し飲み込んじゃったのかな……。
 私の問いに兄さんは、咳の間で「う、うん、なんとか……」と答えてくれた。
 だけど、顔が……真っ青だ。


「ったく、だらしねぇな」
「誰の所為だよ誰の! っげほっ、げほっ」
『兄さん、まだ無闇に喋っちゃ駄目だよ! 水、気管に入っちゃったんでしょ?』
「う、うん……」
「はぁ……相変わらずあめぇな、雪菜」
『え、あはは……』


 本日何度目かも分からない苦笑を漏らした。
 本当の事なんだから、しょうがない。

 それにしても……。


『惜しかったね、兄さん。十七メートルぐらいだったんだけど……』
「じゅっ、十七メートル……?!」


 私が言った数値に、何故か驚く兄さん。(「後十七メートルもあったのー?!」)
 最初の勢いは良かったけど、死ぬ気モードが解けた事によって生じた混乱が、やっぱり悪かったのかな。

 ……よし。


『兄さん、私が見本を見せるから、使う岩の見定め方とか、体の使い方とか。良く、見てみて?』
「え、あ、うん……?」


 突然私が言い出した所為か、兄さんは少し戸惑ったようだった。
 だけど、リボーンさんは私の提案が気に入らなかったらしい。一瞬だけ眉をひそめたのを、私は見逃さなかった。
 兄さんに聞こえない様に、小声で話す。


「……大丈夫なのか、雪菜」
『いやだなリボーンさん、これぐらい平気ですよ』


 何故だか、兄さんには知ってほしくなかったんだ。
 絶対に、心配をかけてしまうから。

 私はそのまま、無言で足を踏みしめた。力がこもってくるのが、ハッキリと分かる。


『……行きます』


 サアァァ、といつの間にか吹き始めていた風が一層強く吹いたのを合図に、足に力を入れて飛び出した。
 兄さん達と一緒に立っていた岩が一気に遠ざかり、崖が一瞬で目の前に迫る。


「……って、えええぇぇぇぇえええええええッ?!!」
「うるせぇぞ」
「ぶッ!!」


 二人の会話内容からして、どうやら兄さんはリボーンさんに蹴られたようだった。
 続けて、バシャァン、と言う水音も聞こえてくる。……兄さん、まさか川に落ちたの。

 だけど我慢だ私! この壁さえ登り終えれば、兄さんをすぐに助けられるんだ!
 私は足場になっていた岩を台に飛び上がり、新しい足場を見つけては飛び、見つけては飛びを繰り返した。
 そうしていると、あっという間に崖の頂上は近づいて来る。
 すると、後少しと言う所で兄さんの驚きに染まった叫びが聞こえて来た。


「うわっ、え?! は?! えぇ?! セツ、何時の間にそんな上まで行ったの?!!」
「これが噂の身体能力だな……」
「え、リボーンなんか言った?」
「……いや、何でもねぇぞ」







 リボーンさん私には聞こえてますよ……。




 そんな呟きを心に秘め、崖の頂上から七メートルほど距離がある石を踏む。……この距離なら、行ける。
 最後の一飛びの為に今までより少し力を強めに飛ぶ。ちょっとやり過ぎたかなとも思った。
 案の定、私の体は軽々と崖を越え、少し経ってから落下し着地した。……まぁまぁかな……やっぱりちょっと遅かったかな……。

 何はともあれ崖は登り終えたので、兄さん達に呼びかける為に振り返る。見下ろしてみると、崖は思っていたより結構高かったようだ。兄さん達が物凄くミニチュアに見えて仕方ない。


『リボーンさーん! 兄さーん!』
「んなぁ?! セツ、もうあんな所に?!」
「流石、雪姫だな」
「……そう言えば、何でセツの裏の通り名は『雪姫』なんだ?」
「! あぁ、それはだな────」


 私は呼びかけるのに夢中で、二人の会話を全く聞いていなかった。


『登り終えましたよーっ!』


 二人に聞こえる様に、大声で叫んだ。

 ────だけどどうやら、それが悪かったようだった。



 ガラガラガラッ!!



「「?!!!」」
『あ……』


 ────音を立てて、私が立っていた崖の縁が、崩れ落ちた。







(崖が……ッ!!)
(いつもの状態なら大丈夫だと思うが……今はどうだ?)
(……ミスったなぁ……)


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