世界はやはり、残酷で。
自殺。
「……あーあ」
暖かな春風が吹き抜ける。
その風に巻かれながら、少年はあからさまな溜め息を吐き出した。
彼が足を進めるたび、足下に生えている雑草をしゃくしゃくと踏みつぶして行く。足首の数カ所は、鋭い草花の断面で擦りむいて酷い箇所は血がにじみ出ている。
しかし、少年は構わず歩き続ける。どれだけ足を擦りむいても、どれだけ躓いても。進む、進む。
まるで、何もかもを振り払うかの様に。
まっすぐと。ゆっくりと。
「いなくなっちゃった、なぁ……」
関連者。
そう続けながら、なおも少年は歩き続ける。
そうしていると、周りにあった木々の密集度が少しずつ減って来た。少しして、開けた空間に出る。
そこは、切り立った崖になっていた。手すりも無く、一切管理された様子は無い。野生の空間だ。
この崖は、一つの自殺名所だった。
深い樹海の奥深くに位置するそれは、見た所でも約十メートルほどの落差はある。実際はもっとあるかも知れない。
崖の下を覗いてみると、所々赤黒く変色した土に、それと同じ色をしたわずかに地面から突き出す鋭い岩。それらがここが歴とした自殺名所である事を物語っていた。
その崖の前で足を止めると、ふっ、と少年の唇は弧を描いた。その笑みは微笑んでいると言うには冷酷過ぎ、嘲笑していると言うには優しすぎた。
「嫌になるよ、全く……」
そう言って、まいったと言う様に首を振る。
今から死のうと言うのに、どこか普段と変わらない様な雰囲気を漂わせる少年。
その姿は何処か不気味で、明らかに場違いだった。
その時再び、春風が吹き抜ける。
それは本来暖かく感じられる筈の物なのに、何故か今は生暖かく、気持ちの悪い物に思える。さしずめ、嵐の前の静けさと言った所だった。
少年はその微風を合図にするかの様に一歩前に出る。
そこにはもう、地面なんて無かった。
ヒュッ、と風切音が耳のすぐそばで鳴り響く。
確かに足から落下し始めた筈なのに、いつの間にか頭先に下にある地面へと向かっていた。真下に見えるのは、赤黒いしみの付いたむき出しの尖った岩。
随分前から決めた筈の覚悟を再度確認し、ゆっくりと目を閉じる。
気の所為だろうか、やけに時の刻みが緩慢に感じた。ゆっくりと落ちて行っている様な錯覚にとらわれる。
けどまぁ、別に良いよね。
どうせ、今から死ぬんだから。
開き直って少年は、深呼吸をしようと大きく息を吸い込んだ。
(あぁ、もうすぐ)
(さて、やるとするかね……)
(死ねるんだ)
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