血溜まりマイスマイル。 依頼の時間。 暖かい光に満たされた家。 木で出来た机に並べられた、出来立ての料理。 母さんと父さんの、幸せそうな笑顔。 私も、出来るだけ幸せそうに微笑み返した。 本当に、幸せだった。 母さんがいて。父さんがいて。私もいて。 みんな、笑顔で。幸せで。 これ以上と無いほどに、幸せで。 だけどそれは、一瞬にして闇に染まった。 ギィイ……。 いつも通りな筈なのに、何処か不気味な音を立てて開くドア。 鍵は、かかっている筈だった。 なのに、ノックもなしに。前触れもなしに、それは訪れた。 その後は、一つ一つの出来事がまるでビデオクリップの様に、客観的に見えた気がした。 不気味に笑う訪問者。 座っていた状態から立ち上がり、何かを叫ぶ父さん。 持っていたお玉を、かき混ぜていたスープの中に落とす母さん。 不意に訪問者の影が揺れ、私たちの前に立っていた父さんに近づいた。 次に見えた色は、机の木の茶色でもなく、壁紙のベージュでもなく。 紅、だった。 花の様に咲き誇る血しぶきの一滴が、私の頬をかすめた。 倒れ込む父さん。 悲鳴を上げる母さん。 私はただ何も出来ず、そこに立ち尽くしていた。 次に訪問者は、私に近づいた。 手に何か銀の物を持ち、振り上げる。 ────あぁ、そうか。 終わるんだ。 子供の私なりに確信し、諦めて目をつぶったときだった。 次に感じたのは、痛みでも眠気でもなく。 ただただ、何かが私の目の前を勢いよく通り過ぎる、風圧だった。 ごわごわと、目を開ける。 目に入ったのは、血色に染まったその凶器と。 床に倒れ込んで血溜まりを作る母さんだった。 訪問者が何かを呟く。 もう、何も聞こえていなかった。 手に持ったそれを振り上げた訪問者を目にしたのを最後に。 私の景色は、紅に染まった。 ・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・ 『ッ……!!』 荒い呼吸を繰り返しながら、飛び起きた。 周りの景色は先ほどとはまるで違い、シンプルに白と黒だけにまとめられた家具や壁紙。 ……なんだ、夢だったのか。 ……しかし……。 『俺も、まだまだだな……』 昔の夢を、まだ見てしまうなんて。 その記憶を振り払うかの様に首を数回左右に振り、ベッドから這い出た。 いつも通りに身支度をし、寝間着から動きやすいシャツと短パンを穿いて外に郵便を取りに行く。 いつもの様に新聞だけかと思いきや、何か別の封筒も一つ、入っていた。 ……依頼、だな。 手紙の差出人を確認し、そう確信する。 前のは何日前だっただろうか。 まぁ、どちらにせよもう既にちゃんと回復しているし、別に良いだろう。 新聞と依頼書を持ち、欠伸をしながら再び家の中に帰る。 このご時世ではあまり使われなくなったレターナイフを使い、封筒の封を開ける。 どうやらそれは、日本人の文字のようだった。 無駄にカクカクした大文字、一つ一つの小文字の円のサイズのバランスがデタラメだ。英文字のこの様な書き方は、日本人特有だと言っても良い。 依頼主は、日本人か。 予め淹れておいたコーヒーをすすりながら、依頼書の字を目で追う。 最初の数文で依頼内容の概要が大体分かった。用件を簡潔に言ってくれるのは、職の都合でとてもありがたい。 つまりは、この間新聞に載っていた月を三日月にしたらしい超生物を、生徒として暗殺しろってことだな。 ……生徒として、と言う所が気になるが、まぁそこは別に重要じゃないだろう。 報酬は、百億円。 百億円の賞金首とは、これまた派手に出たな。 触手を巧みに使い、マッハ20で移動する、ね。 俺は思わず頬を緩ませ、クスリと笑いを零した。 『面白そうじゃ無いか……』 最近じゃ、ヤクザの首を狙ってくれだとか、裏切り者を抹殺してくれとか。その様なつまらない依頼ばかりだった。 数ヶ月ぶりの、『おもしろそうな』依頼。このチャンスを、逃すなんて勿体な過ぎる。 受けて立とうじゃないか。 触手。マッハ20。教師として働く標的(ターゲット)。 こんなにイレギュラーなキーワードは初めてだ。 依頼書の最後の一文に、「返事はこのアドレスに返してくれ。」と言う言葉と、無駄に長いメールアドレスが記されていた。 成る程、わざわざ国際郵便を出さなくて済むって訳だ。 早速デスクの上に置いてあるパソコンの電源を入れ、メールアカウントを立ち上げ、新規メッセージを作成し先ほどのアドレスを記入する。 わざわざ長い分を書くのもめんどくさくて、メールの題名として『承諾』、とただ一言打ち込み送信した。 数分後、やけに早い返事が返って来る。 「了解した。専用のジェットをそちらに送るので、三日後に合流してくれ。 烏間」 烏間、か……これは恐らく依頼人の名前だろう。 三日後、ね。 ……楽しくなって来たじゃないか。 『ふふ……』 思わず零れた笑いが、俺を余計にワクワクさせた。 訳の分からない生物の暗殺。 生徒としての入学。 クラスメイト達との協力。 標的を殺す為の、特殊な武器。 これほどまでに楽しそうな暗殺が、今まであっただろうか。 そのクラスの生徒達は、俺と同じ年らしい。 3−E組。進学校であるその学校では『エンドのE組』として蔑まれているらしいそのクラスの担任を、標的はしているらしかった。 なぜ、奴がそんなクラスの担任をしているのかは分からない。 まぁ、分かっていたとしてもそんな事は暗殺には関係ない。 俺は、俺の役目を全うするまでだ。 『さぁて……早く三日、経たないかな……』 再び冷めてしまったコーヒーをすすりながら、俺は後三日のイタリアでの日常へと戻って行った。 ────本当はあの時から。 十一年前のあの時から、全く笑えていなかった事なんて知らずに。 (さて……奴はどんな奴なのかな……) (ヌルフフフフ……新しい刺客ですか) (承諾、か……また暫く騒がしくなりそうだ) (また、新入生らしいよ、カルマくん) (ふーん……どんな奴?) (それが、良く分かんないのよ) (イタリアからの、帰国子女だって) ((帰国子女?)) [NEXT→] [戻る] |