時空間旅行カールチョ。 染まる透明。 『…で、ここがちょっとした和室』 「和室…」 「お、大きいね、この家…」 『あ、ははは……』 乾いた笑いしか出て来ない。 家の両親は随分過保護らしい、一人暮らしにしては広い、広過ぎる。 私も今まできちんと中を回った事は無かった。どこに何が有るのか、確認しておいたぐらいだ。 だけどちゃんと歩き回って分かった。 この家クソ広い。 現在、先ほどフェイに言われた家内案内をしている所だ。 確かに、暫くここに住む事になるかも知れないんだから、構造は知っておいた方が何かと便利だろう。と言うか、知らなかったら不便過ぎる。 和室から出て扉を後ろ手に閉め、廊下を再び奥に向かって進む。 少し歩くと長方形の通路の終わりを通り抜け、開けた空間に出た。 『そんでもってここがリビング!』 ジャジャーン、と手を大げさにリビングに向ける。 そこには簡単なダイニングテーブルセットとソファ、不規則な円形のローテーブルが液晶画面のテレビの前に置かれている。もう一角にはキッチンも設置されている。つまり、結構広い。 「さっきから思ってたけど、広いねこの家。一人で暮らしてるの?」 『うんまぁ……一時的にね』 マズい、ちょっと笑顔がぎこちなくなってしまったかも知れない。まぁ、運が良ければ気付かれてない筈だ。 とにかく、これで家の案内は一通り終わった筈だ。 トイレ、お風呂、寝室、和室、書庫、(何であるのかは分からないけど)アトリエ、リビング、キッチン、後は……。 『そうそう、お庭!』 「庭?庭まであるの?」 『ちっこいのだけどね』 そう言いながら、リビングの空間を横切る。後ろからは二人がこれでもかと言うほど息ピッタリについて来た。 リビングの壁は三面しか無い──────残り一面は窓ばりになっている。 窓と言っても家の床から浮いた、換気する為の窓じゃない。横にスライドさせて、直接外に出られるドアの様な物だ。つまりは縁側。 その窓を開け放ち、縁側からの外出用に置いてあったスリッパを穿く。二人も、それに習って残り三つの内二つのスリッパを穿いて出て来た。 『これが庭! 簡単な球蹴りならここでもやっていいよ』 「サッカー出来るんだ…!」 『まぁ、木枯らし荘のほど大きくはないけどね』 そんな事まで知ってるんだ。 天馬が内心驚いていた事を、私は知る由もない。 とにかく、これで家の構造は一通り知ってもらえた筈だ。 腕時計を見てみるとクオーター・トゥー・セブン、つまりは六時四十五分。 マズい、本当にそろそろ買いもの行って夕飯を作り始めないと空腹に負ける。 『それじゃあ案内も終わったし、買い物行って来るね?』 「あ、うんごめんね。わざわざ案内させて」 少し申し訳なさそうに微笑むフェイは本当にアニメからくりぬいた様にそのままだ。 うぅぅ、かわいいよぅ……。 『ぅ〜ぃ…』 「…? どうしたの彩芽?」 『え?! ぃやいや、何でも無いよ?!』 無意識にフェイの顔をジィっと見てしまっていたらしい。 不思議そうな表情を見せるフェイに、私は思い切り両手をブンブン振った。 ヤバい、絶対今変な人だと思われたぞ。 ……今更どうにも出来ないか。 『それじゃあサッカーボールと卵! 他に欲しい物無い?』 「いや、大丈夫だよ」 『オッケ! そんじゃば、行って来るね!』 そう言って、二人に背を向けリビングに戻───────ろうとするけど、寸前で大切な事を言うのを忘れていた事を思い出した。 『忘れてた! あのね二人とも、ちょっと聞いて』 「「?」」 相変わらずピッタリだな此畜生。 『私が出かけてる間、絶対に外には出ない様に! 貴方達はこの世界では有名な人物だから、見た目だけならまだしも声までもがそっくりそのままだから一瞬で野次馬に囲まれちゃうよ? それと、暇つぶしにテレビとかは付けていいし、私の部屋と書斎にある本と漫画、それにテレビにつなげてあるゲームも使っていいよ。天馬、リモコンの使い方とか知ってるよね? もしフェイが分からない様なら教えてあげてね。ほとんどの電子器具とかなんやらかんやらは君たちの世界と同じ様なもんの筈だから。オッケ?』 「お、おっけ……?」 言いたかった事を一気に吐き出し、右手の親指と人差し指で円形を作って二人の前に突き出した。 それに習って、天馬もぎこちない動作でオッケーサインを作り出した。 うん、これなら信用出来そうだ。 私はスリッパをぬいで屋内に入り、リビングを通り抜け、廊下に出た。そして、廊下の途中にある階段を上り、左折。すぐそこにある自分の部屋の扉を開け放った。 『え〜っと、手提げ手提げっと…』 部屋の一角に立ててあるハンガースタンドの前にしゃがみ込み、小さめの手提げ袋を探す。確かあった筈だ、ベージュの布地の……。 『……あった!』 小さなテディベアが刺繍されたそれを両手で広げ、必要な物を探した。 支払いの為の財布、保険用の携帯、清潔用のハンカチ………これぐらいだろうか。 『…よし』 気合いを入れる為に小さくガッツポーズを決め、部屋から飛び出す。きちんとドアを閉めるのも忘れずに。 階段を駆け下りて、すぐ目の前にある玄関に「よっこらしょ」、と腰掛ける。 今し方リビングから出て来たのか、天馬とフェイが廊下を歩いて来た。 「行ってらっしゃい!」 『あ、うん! ……あぁそうだ!』 また一つ、言いたかった事を思い出した。 『もし私が出かけてる間に帰る事になったら、メモ残しといてね! メモ用紙はリビングのローテーブルの上にワンパイル置いてあるから! 今回帰るんじゃなくても、これから私が出かけて二人が留守番する時に帰る事になったとしても残しといてね! それじゃあ行ってきます!』 「え?! あ、ちょっと待っ─────」 ガチャ、バタンッ フェイが言い終える前に、私は家を飛び出していた。しまった、ここでせっかちな所が出たな。 「…行っちゃったね……」 「…うん」 暫く二人が玄関で呆然と立ち尽くしていた事なんて、私は予想してもいなかった。 ・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・ 「………ねぇ天馬」 「? どうしたの、フェイ」 彩芽が出て行ったのを確認して、僕は口を開いた。 彼女がいてはどうしても聞けなかったのだ。 「彩芽の事、どう思う」 「どうって……女の子?」 それは百も承知だよ天馬。 僕が言いたいのはそう言う事じゃない。 僕らは、突然この世界に飛ばされて来た。 少し前にラグナロクが終了し、僕らはそれぞれ自分たちの時間に戻った。もう僕達が出会う事は無かった筈だ。 なのに、そう思ったとたんにこうだ。 もう、問題は無かった筈だ。 だが、ここに飛ばされた。彩芽の家に、だ。 僕は………。 「僕は、彩芽が僕らをこちらに呼び寄せたんじゃないかと思う」 「え? でも、彩芽は知らないって…」 「それは彼女が、嘘をついていなければ、でしょ?」 何かが起こる為には、絶対に理由と結果がある物だ。 今回の場合、僕らにこちらに来る理由は無かった筈。 ならば、理由は『風月彩芽』と言う存在にあったと言う事になる。 彼女が何らかの理由で僕らを召還したと考えた方が余程つじつまが合う。 「……俺は、彩芽を信じるよ」 「! 天馬…」 「俺には良く分かんないけどさ! なんか、彩芽が言ってる事、俺には本当に思えるんだ。彩芽が嘘ついてる様に思えないし、聞こえない。だから俺は、信じるよ。すぐには帰れなくても、何時かきっと帰れるさ! フェイ達的に言うと、『時空が自らの歪みを直そうとする、歴史の自然治癒力』……って奴かな?」 きっと今の一息で言いたかった事を全て言い切ったのだろう、天馬は少し息切れしていた。 天馬がこんなに深く考えていたなんて考えても見なかった。………まぁ、天馬の事だから行き当たりばったりで思いついた言葉を片っ端から口にしただけかもしれないけど。 僕から見れば、天馬の言葉は立派なセオリーに聞こえた。 「何とかなるさ!」 「天馬……」 満面の笑みで言い切る天馬に、思わずこっちまで口元が緩んでしまった。 嗚呼、なぜ彼の言葉はこうも胸に沁みるのだろう。ラグナロクの一件の時だってそうだ。 どうして僕は、こうも動かされやすいのだろうか。 色で表すなら無色透明、僕はどんな色にでも染まってしまうのだろうか。 だけどまぁ、今はそれで良いのだろう。 「…うん、そうだね。そうだよね…!」 僕はいろんな色に塗り替えられつつ、自分の色を探そう。 頭の何処かで、誰かが僕に応援の言葉を向けた様な気がした。 (きっと、大丈夫……) (さて、と……ご飯は何時になったら作れるかな…) (頑張るやんね、フェイ……) (フェイ、なんか苦しんでる……?) [←PREVIOUS][NEXT→] [戻る] |