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「はぁっ……」
「あり? どうしたのさ溜め息なんてついて。もしかして疲れた?」
「う、うん……」
「そっか……じゃあちょっと休もう」
僕の提案に、炎間は素直にうなずいた。……ふふっ、いいね素直な子って、蓚羅より遥かに扱いやすいよ。
僕ら二人は、その場の草原に座り込んだ。僕の膝の上には、ナッツが座っている。
「櫻の木の下には」と言う日本の小説のネタを元にツナをからかって見たら、案の定怖がって震え上がっていた。
そろそろ潮時かとネタばらし────櫻の木の下に死体なんて埋まっていないと教えようとした瞬間、彼は。
ツナは、逃げ出した。
「あちゃー、やり過ぎたかー」と思った時にはちょっと遅かった。
He was already out of earshot、もう僕達の声が聞こえないほど遠ざかっていた。
ふふっ、何でだろうね。運動神経なんて全くないくせに、逃げ足や戦闘時だけはすばしっこい。良く分からないよ。
考えるのも面倒くさくなり、僕の隣に座って息を切らしている炎間に、話を振った、
「炎間ってさ。何が一番大事なの」
「え……?」
やっぱり。
突然こんな事聞いても、良く分かんないよね。
「答えたくなかったら、別に答えなくてもいいよ?」
「え、あ、いや。そう言う事じゃなくて……」
「じゃあ、どう言う事?」
妖しく微笑みながら、二つ目の質問を投げかけた。
最初の質問と二つ目の質問のどちらを答えればいいのか分からず、「あ、え、あ……え……?」とうろたえ始める炎間。
相変わらず可愛いなぁ、もう。
「ねぇ、炎真?」
「えっ?」
ずいっ、と彼の顔に自分のを近づけた。後数センチで、額が触れるぐらいの位置だ。
ほぼ零距離に近いその距離の所為か、余計にうろたえ始めた炎間。
あぁ、本当に……────。
「可愛い……」
「え……?」
思い切り炎間の首に手を回し、抱きしめた。
そのタイミングを見計らったかの様に、ふわりと風が周りの木の葉を舞い上がらせる。
その状態のまま数十秒が経過した。
僕は、炎間を抱きしめたまま。
炎間は、完全に固まったまま。
草花が風に揺れる音だけが、周りに響いていた。
ナッツは、僕らの様子をただただ静かに見守っていた。
「ッ……?!」
「お、やっと正気に戻ったね?」
炎間が突然息を呑んで大きく震えたので、それは安易に見定められた。
彼から少しだけ離れると、その少しだけ赤く染まった顔が目に入った。まるで、さくらんぼみたいだ。
……ふふっ。
「チェリー……」
「あぇ?!」
「ふふっ、変な声出たよ?」
「あっ……!」
慌てて口を塞いだ炎間の様子は、とても初だった。
僕は、口癖にも近い「ふふっ」と言う笑い声を漏らし、立ち上がった。
頭に、小さくて軽いナッツを乗せる。
「さて……そろそろ行く?」
「あ、うん……」
未だうろたえながら、何とか立ち上がる炎間。
手を貸そうと炎間に向かって右手を伸ばすと、彼はうつむいて「大丈夫だよ」と呟き、自分で立ち上がった。
……あれ、どうしたんだろう。
「体力は満タン?」
「うーん……七十五パーセントぐらい」
「ふふっ、何それ」
「はは……」
照れた様に髪をかきながら、僕の隣に並んで歩き出した炎間。
歩幅を調節して、身長の低い僕に合わせてくれている。
……なるほど、それで必要以上に疲れてたのか。
いつもの歩幅を押さえる事は、足の筋肉に無駄な負担をかけるからね。
「いいよ? 炎真、僕に合わせなくても。早めに歩くからさ」
「いいよ、大丈夫だから」
「……そう」
こっちを向いて笑いかけて来たもんだから、言い返せなくなってしまった。
そんなに優しくされたら、戻れなくなっちゃうじゃないか。
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「んー……」
凝り固まった方の筋肉をほぐすため、思い切り伸びをした。
周りには、他の人間の声どころか、気配すら感じない。
……やっぱりいいな、一人って。
「はぁ……」
上に向かって伸ばしていた両手を、目の前のデスクの上に下ろす。
書類の整理は一段落ついた。あと二十分の三ほどだろうか。
全く持って、書類に目を通すのは地道で面倒な作業だ。隠し弾曰く、一瞬でそれを終わらせるらしいディーノの気が知れないな。
「夢亜の奴……」
ツナや炎間の事、からかい過ぎてねぇだろうな……。
左肘をデスクにつけ、頬杖をする。
何故だろうか。
静かなのはいい事な筈なのに、何処か……何かが足りない。
静かなのが、五月蝿すぎるのだろうか。
誰もいない、俺だけの空間。
しんしんと鳴り響く、無音の音。
まさか、俺は……────。
「……ははっ……」
そばにいてくれる人物を、求めているのか。
自分に対しての問いかけが、脳内を巡った。
けじめはつけた、はずなのに。
きょうふはすてた、はずなのに。
「どうして、俺は……────」
────こんなにも、もろい……?────
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「……あ、れ……?」
いつの間にか閉じていた瞼を開いた。
目の前に広がったのは、桜色の世界。
「ここ、どこ……?」
怠い頭を左右に動かし、周りの風景を確認する。
どこもかしこも、薄桃色だった。俺が今立っている地面も、空も、四方も。全部が。
何も無かった。太陽も、雲も、草も。ただただ、桜色の空間が広がっているだけ。
次の瞬間。
俺の頭の中に、誰かの声が鳴り響いた。
〔いらっしゃい……〕
「……ッ?!」
女の人の様な、だけど少し低すぎる様な。
大人びてかすれた様な、だけど何処か子供の様な。
どんな人の物なのか、全く判別がつかない様な、不気味な声だった。
そして俺は、その声に聞き覚えがあった。
「だ、誰っ……?!」
〔ふふっ、混乱してるねぇ……〕
語尾を伸ばしたその喋り方は何処か得体の知れない様な物で、背筋を凍らせ、肌を粟立たせた。
〔僕は、そうだねぇ……『亜夢』とでも言うべきかなぁ〕
「あ、む……?」
『亜夢』。
ただ言われただけなのに、何故かそのつづりまでが分かった。まるでそれが、直接脳内に送り込まれたかのようだった。
〔ふふっ、本当はもっと話したいんだけど……〕
「へ……?」
〔そろそろ、時間みたいだね〕
名を名乗られたばかりで、突然分かれの時間を告げられる。
事の展開が早過ぎて、頭がついて行かなかった。
〔残念だなぁ、もっと話していたかったのに〕
「ま、待って!」
〔お?〕
亜夢の顔が見えた筈ではないが、声音だけで何故か彼(彼女?)が驚きで目を見開いたのが分かった。
亜夢が俺に背中を向けて歩き出そうとしている所を振り返った様に思えて、俺は目の前の空間に話しかけた。
「君は……亜夢は一体、何者なの?!」
〔何者、か……ふふっ、そうだなぁ……〕
亜夢は考える様な素振りを見せながら、ゆっくりと答えた。
〔僕は、『ある人物』の願いを叶えて、君達を『こちら側』に飛ばした張本人さ。それ以上は……言えないね〕
亜夢の顔が見えなくても分かった。
『嗤っている』と。
〔さて、喋り過ぎちゃった。僕はここら辺でおいとまするよ〕
「あっ……」
〔なぁに、未だ物足りないの? 残念だけど、今回はもう踏みとどまらないよ?〕
亜夢が、右手を持ち上げてひらひらと振った様な気がした。
〔じゃあね、『ツナ』〕
「……ッ!!」
瞬間、視界から桜色すらも消え、闇に飲み込まれた。
(亜夢、か……)
(さーて、ツナどこかなぁ……)
(ツナくん、大丈夫かな……)
(俺は、未だ……)
(ふふっ……さぁ、見せてみなよ……────
────君らの、『惨劇』を)
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